巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.16

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     活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

     第十六回 決闘は馬車の中で 

 柳條は片目を隠し片手を縛る、非常に恐ろしい決闘を承諾した。英国士官の一人は柳條に向かい、
 「既に御承知とあらば、サア直ぐに介添人を連れてお出でなさい。」
 介添人には柳條も殆ど困った。
 「何うも此の様な、涙のない決闘ですから、誰も介添人になって遣ろうと云う者はありません。」
と云った。

 独逸士官は之を聞いて、其の片目を光らせ、
 「介添人が無いなどと、又も夫れを口実にして、此の決闘を逃げる積りでは無いでしょうね。」
 逃げるとは失礼な言い分である。
 「柳條を見損なっては了(い)けません。一旦承諾した上は逃げません。」

 英「では誰でも連れてお出でなさい。」
 柳「宜しい。」
と言い切りは言い切った者の、誰に介添人の役を頼んだろ好いか困まった。今となっては、先刻逢った栗山角三を頼む外は無いので、直ぐに士官の傍を離れ、元の方へと尋ね行くと、栗山角三は先程より只管(ひたすら)柳條が身の上を気遣って居たので、転々(ころころ)と出て来た。

 「オオ好く先ア帰って呉れた。私は若しや決闘になりはしないかと、ここから遠見で見て居たが、言葉だけの争そいで済んだのは、何より結構と云う者だ。サア直ぐに先刻の仕掛けた相談に取り掛かろう。お前好いか、百万法(フラン)を分けて呉れるのは承知だネ。

 承知なら、一筆其の旨を認めて、約定書を書いて貰おう。夫れさえ有れば、私はもう彼是れ五月蝿く言いはしない。気永くお前が相続の日を待って居る。」
 欲に固まった此の言葉を、柳條は面憎くいと思ったけれども、今は責め懲らす時では無い。

 「イヤ其の話は後にして、俺はお前に頼み度い事があるのだ。」
 栗「頼みとアレバ何でもする。何事だエ。何事だ。」
 小刀(ナイフ)を以て死ぬまでの決闘と打ち明けては、此の老人承知しないのは必定である。

 「イヤ何事だか黙って附いて来れば分かる。若し横合いから口出して、俺のする事に依存を唱えたり又は中途で逃げ去ると、痛(酷)い目に合すから其の積りで静かにして。」
と殆ど脅しの様に言聞(いいきか)せると、角三は不審の色を現わし、

 「だが約定書は何時認めて呉れる積りか。夫れを先に聞いて置き度い。」 
 柳「夫れは俺の用事が済み次第書いて遣る。」
と云って
無理に角三を引き立てつつ、再び士官の許(もと)に行き言葉短く、
 「是がが私の友人です。」
 士官「では直ぐに行きましょう。」

 何所に行くやら知らないが、柳條は角三を引き立てたまま、相手である独逸士官と二人の英国士官に従い、其の所を立ち去った。先に立って行く英国士官は、先づ其の庭を出でて、パンシャ街から瀬音川の方角を目指し進んで行く様なので、扨(さ)は土堤の際で決闘し、死骸を川に流そうとの所存であるか。

 こう思うと流石の柳條も、心地好くは無い。我手を縛り目を塞いで決闘する事なので、勝つことは覚束ない。譬(たと)え勝ったとしても、所々に深い傷を受けることは必然である。傷だらけの身となって、再び上田栄三の家に行き、瀬浪嬢に逢えるだろうか。

 嬢に逢い、実は見込みない金子を請け合い、夫れを調達する為、博奕場に入り込んで、元手を失い、悔し紛れに外国人と決闘し、此の様な次第に成りましたとは、口が腐っても言難くい。アア勝ったとしても嬢に逢す顔がなければ、何の甲斐ある。

 寧ろ負ける方が好くはないだろうか。だからと云って、我れ若し死骸を川中に捨てられたならば、嬢は固(元)より栄三まで、我が行方の知れないのを怪しみ、無言の儘(まま)に身を隠す不実極まる男と云うだろう。

 死ぬる最終(いまは)の際までも、嬢が事ばかり思えているのに、誰が又此の心を嬢に知らせてくれると、胸の中は百端に攪乱(かきみだ)れるけれど、今となっては仕方が無い。唯運命を天に任すのみと、目の先に浮かんで来る嬢の姿を掻き消し掻き消し、凡そ十町(1km)ばかり進んだ頃、町の一方に刃物店があった。

 英国士官は柳條に向かって、其の店に指さしつ、
 「サア私と共にアノ店で小刀(ナイフ)を買って参りましょう。」
 柳「イヤ何の様な小刀(ナイフ)でも同じ事です。何うか貴方のお見立てで宜しい様に。」
 英「心得ました。」
 こう言い捨て、一人の士官は歩み去った。

 是より更に幾町(数百m)をか行く中に、今はカンプエリシーと云う仏国第一の公園となっている、非常に広やかな空き地に出た。扨(さ)ては河の土堤では無くて、此の空き地を戦場に充てると見えた。

 土手も空き地も死ぬ身には同じ事だと、心の中で呟(つぶや)いたが、彼の刃物店に行った士官は、此の時二挺の小刀(ナイフ)の外に、布切れをも買い取って、追いついて来た。更に又見れば、非常に大きな、二匹立ての馬車をも雇って来た様子であった。

 柳條は之に向かって、成るほど一同が此の馬車で町外れまで行くのですか。」
 英「イエ町外れではありません。此の空き地が戦場です。」
 柳「では此の馬車は。」
 英国士官は声を潜め、
 「空き地でも何うかすると人の通る事がありますから、他人の妨げを受けない為、貴方と独逸士官とを此の馬車の中で戦わせるのです。」

 馬車の中の決闘とは、聞くのさえも初めてであるが、既に決心した事なので、柳條は微懼(びく)ともせず、
 「フム夫れで独逸士官は承知しますか。」
 英「固(もと)より既に承知しました。」
 柳「宜しい。」
 短い返事で早や運命は定まった。

 柳「併し馬車の馭者は何うしました。」
 英「馭者は金を遣って追い払いました。一時間経てば馬車を受け取りに来る筈です。夫れまでに充分勝負が附きましょう。」
と何の苦もなく言い放った。アア一時間、これは是柳條が今から生き延びる時間である。

 一時間を過ぎたならば、亡き人の数に入るだろう。英国士官は又言葉を継ぎ、決闘の間は私が馭者になり替わり、徐々(しずしず)と此の公園を乗り廻し、両方の介添人は始終馬車の両脇に付き添って歩む事に致します。」
と云って、更に栗山角三に向かい、

 「貴方に於いても、今更ご異存は無いでしょうネ。」
と念を推した。



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