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決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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     決闘の果   ボアゴベ作  涙香小史 訳述
         

       第二回 仲裁の申し入れ

 決闘の相手を目の前に控えた桑柳守義が、我が死す後は此事を森山嬢に伝えて呉れと言うのを聞き、介添人大谷長禱は非常に驚き、
 「エ、森山嬢に知らせるのか。嬢は君と夫婦約束を仕ているでは無いか。君が死んだと聞けば悲しみに死んで仕舞う。併し達ってと言うならば、嬢の母まで知らせて遣ろう。

 桑「イヤ、母は長々の病気で居るから少しでも喫驚(びっくり)する様な事が有っては、其のまま死んでしまうかも知れない。」
 大「成る程、二年前から中気で腰が立たないのは知って居るが、それでもナニ嬢に話すよりは母に話すのが順当だ。アノ母は万事に慣れて居る人だから、好い加減に事情、心情を汲み取って、余り驚かない様に追々嬢に知らせるだろう。」

 桑「でも死んだら必ず知らせると嬢に約束して有るもの。」
 大「之は益々驚いた。君は思い思われる仲で有りながら、而も夫婦約束をして未だ二ケ月も経たないのに、決闘をするなどとは、第一それからして僕の怪しむ所だ。然るに態々(わざわざ)嬢に知らせるとは決して紳士の作法でない。求めて嬢に悲しみを掛けると言う者だ。君爾(そ)うは思はないか。この様な事は飽くまで隠すのが当たり前だろう。」

 桑「だけれど知らさない訳に行かないから、僕は昨夜既に是から決闘に行くと言って暇乞(いとまご)いまでして来たもの」
 此の言葉で大谷は略(ほ)ぼ決闘の原因を悟った。必ず森山嬢に関係ある事の為に決闘するに至ったものである。去れど其の事を人に知らせては種々の噂を引き起こし、嬢の名前に係(かかわ)る恐れある故、態(わざ)と本多の頬を叩き余所(よそ)事に名を借りて勝負の端を開いたのに違いない。

 「コレ桑柳君、僕は初めから此の決闘を怪しみ、君が日頃の沈着にも似合わず、少しの事で他人の頬を擲(なぐ)るなどとは実に不思議だと思った。けれど今まで無言(だまっ)て居たが、若し嬢の為に決闘をするとならば、僕に其の訳柄を知らせたまえ。君に万一の事が有れば僕は及ばず乍ら、嬢を保護するから。それにしても訳柄を詳しく聞いて置かなければ。」

 桑「詳しく話す暇は無いが、詰まり言えば、彼奴(きゃつ)が嬢を辱めたのだ。嬢の身に就いて、聞くに忍びない様な噂を作り、それを言觸(いいふら)して居たと言う事を、僕が或人から伝聞したから、捨置かれない事と思い、この喧嘩を吹っ掛けたのだ。アノ様な失礼な奴を生かして置いては、後々又何の様な事を言って嬢の名誉を傷つけるかも知れないから、僕は必ず彼を殺す決心だ。若し運悪くして僕が殺されれば、後の事は万事最う君に頼む。」

 大「好々、君の許嫁と知りながら嬢の事を悪く言うのは、詰まり君を踏み付けにした者だから、充分に遣り給え。君が若し過ちでも有れば僕が必ず敵(かたき)を取る。」

 桑「イヤ、敵を取るばかりで無く、充分に嬢を保護して呉れたまえ。僕が死ね嬢は全く一人者だ。母はアノ通り病気で何時死ぬるか分からず、唯一人の伯母と言う福田夫人は、深い考えの有る人で無く、是れとても頼みには成らない。頼むのは君ばかりだ。兎に角君、僕が死ねば君が自分で嬢の所へ行き、君の口から事を知らせて呉れたまえ。」

 大「ヨシ承知だ。しかしナニ君は有名な射的家だから、この決闘に負ける事は無い。ただ一発で本多満麿の息の根を止め、僕と手を引いて目出度く嬢の許へ帰るだろう。この様に語らううちに、段々と時刻も移れば、第二の介添人小林康庵は気が気で無く、

 「サア敵方が待って居る。早く戦場へ現れたまえ。」
と追立(せきた)てた。二人は唯々(よしよし)と言って場の中程に進み入ると、敵である本多満麿を中にして、其の左右には古山禮造、藻岸何某の両人が立っている。

 本多は年三十を少し超え、容貌厳めしい紳士であるが、古山は之に引き換え、万々細々しく立ち廻って、世に言う目から鼻へ抜ける男である。第二の介添人藻岸と言うのは、曾て陸軍中尉を務めた者で、今は辞職して位も無く官も無く、軍服を着てはいないが、振舞いの武骨な所はまだ軍人の癖が残って居ると言える。

 そこで両方は立ち向かって、非常に冷淡に挨拶し了(おわ)り、本人と本人とは各々少し後に退き、四人の介添人で最後の支度に取り掛かった。彼(か)の目から鼻へ抜ける古山禮蔵は、非常に真面目な様子を示して大谷長寿に打ち向かい、

 「御存知の通り、短銃(ピストル)の決闘は大抵当たらずに済むとした者ですが、併し桑柳氏と言い、本多氏と言い、孰(いず)れも射的の名人ゆえ、何の様な事に成るかも知れません。今と成って此の決闘を見合わす訳にも行きますまいが、我々は成(なろ)う事なら仲裁を試みたいと思います。」

 大谷は少し怒りを現わし、
 「仲裁などと其の様な事は出来ません。小児(こども)の喧嘩では有るまいし、それとも貴方の方の本人である本多満麿殿が、桑柳守義殿に向かい、重々悪かったと謝罪(わび)でもするなら話しは違がいますが。」

 古「イヤ此の事件は本多氏が桑柳氏に面(つら)を叩かれたから起こった事です。誰が見ても桑柳氏の悪い事は固(もと)より分かって居ます。依って桑柳氏の方で詫びさえすれば。」

 大「それは益々怪しからぬ。双方とも詫びるの諛(あやま)るのと言うことを恥と思うから、終に戦場で顔を合わせる事に成ったのです。それを今更詫びろなどとは貴方にも似合はない事を仰(おっしゃ)る。」

 古「イヤ、私し共の方では既に本人本多満麿に言い聞かせ、若し桑柳氏に於いて詫びをすればそれで勘弁して遣ると言う所まで承知させたのですから、貴方の方でも本人桑柳氏迄一応其の旨を通じて戴き度ものですが。」

 決闘の場に臨んで、仲裁を試みるとは全く例(ため)しの無い事と言い、殊に此の事件、深い恨みが有って起こった者なるからは、桑柳に於いて詫びを入るなど言う事を承諾する筈は無い。謝罪(あやま)るよりは寧ろ弾丸に中って死ぬ事を潔(いさぎよ)しとする桑柳の日頃の気質を知るが故に、大谷は断然として之を拒絶し、

 「其様な事を本人に伝えるのは、本人を辱めると同じです。私しには決して出来ません。今となっては見事に立ち会いを了(おわ)るのが本人の望みです。」
 古「併し本人に相談もせず、貴方の一了見で其様なキッパリしたお返事を為さると。」

 大「イエ、桑柳の清潔な心は私が知って居ます。相談するだけ無駄ですから、無駄な事に時を捨てるより、サア早く支度を初めましょう。早く短銃(ピストル)の箱をお開きなさい。」
と根が一克(こく)の性質なれば会釈も無く言い切った。

 ここに至れば最早や仲裁をしても仕方が無い。アア命の取り遣り、男の意地、男の名誉とは言いながら、又どう仕様も無い次第である。



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