巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2020.5.22

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        第四十一回 與助にも首枷をせよ

 再び鯨波(ときのこえ)を上げて、寄せて来た奴隷等は、何事に怒って居るのだろうか。早速通訳亜利に、その意とするところを聞かせると、彼等は此の一同が救い出した商人等を、奴隷のように取り扱わないことを怨む者である。その言葉によると、

 「白人は先程、商人等を値の良い市場に連れて行って、奴隷に売ると言った。それが本当ならば、何故商人等に手錠首枷(くびかせ)等をし、宛(あたか)もこの商人等が、吾等を扱ったのと同様に扱わないのか。

 吾等は唯だこの商人等が、後で奴隷に売られると云うのを楽しみに、引き渡しを承諾したのに、今商人が通常の旅人と同じく、自由の身体で歩み去るのを見ると、奴隷に売るとの約束は信じ難い。吾等一同は彼の商人等の為に、手錠首枷の憂き目に逢ったばかりか、重い荷物をまで頭に載せられ、幾十里(数十km)の沙漠を歩んで来た。吾等が受けた丈の苦痛は、此の商人等にも受けさせよ。」

と云い、この度は何と説得しても聞き入れず、この言葉が受け入れられなければ、その商人等を此方へ引き取ろうとまで言い張るので、平洲と茂林は止むを得ず、相談の上、商人等に手錠首枷を施す事とした。

 芽蘭夫人は此の相談を承諾しない様子であったが、平洲が言葉を改めて、
 「イヤこの商人等と言えども、何時吾々に対して復讐の心を起こす事になるかは、分かった者ではありません。黒人等の請うのを幸いに、兎に角手錠などを施した方が良いと云って、黒人たちにしたのと同様な縛(いまし)めを施したが、奴隷等は更に與助のみ、何の縛(いまし)めをも受けないのを見て、此の人をも同様に取り扱えと云う。

 「いやこの者だけは病人なので、そのような意地悪な扱いは加え難い。」と答えると、
 「この人、イヤイヤ商人等は、吾等の中に病人があっても、少しの容赦も加えず、唯だその病人が一歩も歩るく事が出来なくなると、沙漠の中に捨て去った。その病人も、若し手錠首枷に耐えられない程ならば、我々にしたと同じように、この沙漠へ捨てて置かれよ。後で我等が腹の癒える様に取り扱おうと言い張り、その主張は甚だ厳重である。

 勿論、與助を沙漠の中へ捨てては置け無い。止むを得ず同じく首枷を掛けようとすると、與助は今までの喜びに引き替え、そればかりはと叉泣き出す許かりの顔付で黒人等の方に向かい、手を合わせて伏し拝んだが、黒人等は、

 「何と言ってもその人には深い恨みが有り、聞き入れられない。
その人は病気と為る前、我等の毛髪を引き抜くなどして、吾等に余計な苦しみを与えた。」
と云うので、茂林は異な事を聞く者だと思い、與助に向かって、
 「お前はその様なひどい振る舞いをしたのか。」
と問うと、與助は、

 「この黒人等が余り色が黒いのを怪しみ、物珍しさに或いはその髪の毛や肌の毛などを引き抜いたり、或いはその肉を捻(ひね)って、果たして一様に痛さを感じるものかどうかを験(ため)して見た。」
と白状した。

 その様な不都合な行いが有っては、特別に黒人等の恨みを受けることは、当然で、彼等の言葉を退ける訳に行かないとして、平洲と茂林とは、気の毒さと可笑しさと耐えて、終に與助にまで厳重な縛(いまし)めを施した。

 これで奴隷軍も全く満足したので、商人等の持って居た糧食を、総て彼等に給し、各々郷里へ帰る可しと言い渡して、一同この所を引き揚げると、黒人等も幾らか一同の恵みに感謝したと見え。
 「名残り惜しい。」
と云う意味の語を口々に発して、見送る様子だったが、やがて一同が四、五丁《400から500m》も去った頃、彼等は声高く野蛮歌を歌いながら、引き上げて行った。

 一同は再び又馬(マタウマ)の町に達し、ここで商人等の首枷手錠を解き、再び奴隷売買に手を出さない事を誓わせて、放なって遣ったが、此の商人等は一人として一同の所為を恨まない者は無く、口にはそれと云わなかったが、
 「今に見ろ」
と云う様な気色を示して立ち去った。
 唯だ與助だけは、首枷が非常に重かったのに懲り、又と再び黒人の毛を引かないと、固く茂林に誓ったと言う。

 是より又も船に乗り、ナイルの川を遡ると、川の景色はこの辺りから次第に美しくさを加え、流れの中に島が沢山有り、島の上には樹木も有り、又両岸は次第に高い山と為り、山が峙(そびえた)って、水は愈々(いよいよ)早く、船の進みは遅いけれども、眺めは今まで見た事も無いほど素晴らしかったので、却って船行きの遅いのを喜び、旅の徒然をも忘れるうち、数日にして愈々(いよい)よナイル河に添う最終の町、ハルツーム市に着いた。

 真に人跡未踏のアフリカの蛮地とは、この市からして分け入るのだ。



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