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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 4.10

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如夜叉    涙香小子訳

                         第四回 

 病人とばかり思っていた者が病人でなく死人だったとは、しかも荒縄で絞め殺され、その荒縄が首の肉に食入ってまだ残っているとは、見るのも恐ろしい犯罪の結果だった。アア何者がこんなに可愛そうなことをしたのだろう。どうして亀子の父西山三峯老人はこの様な犯罪に関与する不幸な場合に陥ったのだろう。老人はこの有様を見るよりも正直一途の心にて我が欺かれたことを渇(か)っと怒り、

 「これは実に失敬な奴だ。罪も無い者に罪を着せ、自分が逃げてしまうとは、お巡査(まわり)さん、、待って下さい。私が今の男を捕えて来ます。」
と言うより早く彼の男の立ち去った方を差し、当てもなく追い行こうとする。年嵩(かさ)なる倉地巡査は容赦もなく老人の首筋を取って押さえ、その様なことを言って逃げようとしてもそうは行かない。コレ、黒川、縄をだせ、縄を出せ。この曲者をを縛り上げなければと息巻いたが、黒川はこの老人を真の曲者とは思わないように、直ぐには倉地の言葉には応じなかった。

 老人は益々怒り、
 「これは実にけしからん。私を曲者と思いますか。それより私と一緒に真の曲者を追いかけるのが肝腎でしょう。」
 今更追いかけても捕らえることができるか、その辺りまでは考え及ばなかった。
 (倉地)「ここで彼是(かれこれ)言っても無益だ。言い開きは警察署に行ってからせよ。」
 (三)「ではどうしても私を拘引しますか。」
 (倉)「勿論サ。」
 (三)「これは情けない。娘が家で待っていますが。」

 (倉)「エエ、愚図愚図言うな。就(つ)いて来い。」
となおも首筋を捕えたまま、荒々しく引き立て去ろうしたが、この時又も彼のベッドに目を付け、
 (倉)「困ったな。このベッドを置いて行くわけにも行かないが。栗川、貴様はその曲者を捕縛する縄を持っていないか。」
 (栗)「縄は持たずに来た。」
 (倉)「それは困ったナア。俺も縄は持っていない。」
と言ってしばらく、あれこれ考えていたが、

 「アア良い事がある。栗川、貴様がこのベッドの前を持て、矢張りこの老人に後ろを持たせ、俺が老人の首筋を捕えたまま就(つ)いていくぞ。」
と言う。
 (三)「その様なことをなさらずとも逃げは致しません。」
 若巡査栗川も老人の言葉を助け、
 「イヤ、倉地、その様なことをしなくても貴様と俺とでベッドを担ぎ上げれば老人は付いて来るだろう。」
と言えど倉地は中々聞かず、ついに自分が言ったように老人にベッドの後ろを持たせ自ら老人の首筋を捕えたまま警察署に引きあげた。老人は今更に我が身の不幸を悔いたが、仕方が無かったので、ベッドにつかまって引かれて行くと、二十分と歩かないうちに警察署に着き、ベッドと共に調べ所に入れられた。

 ややあってこの署の署長とおぼしき一人の警部が出て来て、二人の巡査からありのままの言い立てを聞き、自らベッドのそばに来てじっくりと死骸を調べるて見ると、この女はひどく落ちぶれた者と見え、顔なども痩せていたが若い頃は一廉(ひとかど)の美人だったと察せられ、年は四十前後なので今でもなお作りよう一つで随分男を悩ますにも足るだろう。その衣服は見る影もなく汚れていたが、通例の貧民が着るようなぼろではない。非常に高価な絹の類で特にその履(は)いている靴などはかかとを細くえぐった上等品の古びたものだった。

 警部は検(あらた)め終わって、
 「ハハア、女俳優の零落したのだな。」
と呟き、更に三峯老人に打ち向かい、頭から足の先まで充分気を付けて眺めたが、人殺しをするような悪人にはあらずと見てか、その言葉を和らげて、
 「貴方の名前は」
と聞いた。
 (三)ハイ、私はパチノール街に住む西山三峯と言う者です。」
と答えた。警部はこの名前に驚いて、
 「ヤヤ、有名な彫刻師ですな。」

 老人は生き返った思いで、
 「イヤ、私の名前が貴方にまで聞こえているとは思いませんでしたが、三十年来あの町に住み娘も有れば多少の不動産も持っている彫刻師です。」
と是より今夜グランドホテルの懇親会に行き長名友達の息子春野耕次郎に逢い、大いに酒を飲み過ぎたその者を送ってラペー街まで行ったことを初め、道に迷ったこと、曲者に病人の運搬と偽りベッドの片端を持たせられたことまで細かに語り尽くすと、警部は聞き終わって、

 「イヤ、それで貴方に対する疑いは晴れました。第一貴方が曲者ならば巡査を呼ぶはずはなく巡査の来ないうちに貴方も共に逃げてしまう筈ですから。」
と言う。この言葉を聞き、年嵩(としかさ)巡査の不興気なのに引き換え、年若い巡査栗川は得たり顔で、
 「私も初めからそう思いました。我々を呼んだ調子が全く曲者に欺かれたようでした。」

 年嵩倉地は進み出、
 「署長、この紳士(とは又改まった言葉かな)が曲者でないと分かれば直ぐにこの紳士の助けを得て、眞の曲者を捜さなくてはならないでしょう。」
 警部も固よりその積りと見え、
 「イヤ西山三峯老人、どこの家からこのベッドを引き出したか貴方は少しも覚えていませんか。」

 老人は少し考え、
 「何しろ方角さえ忘れたほどのことで、確かにお返事出来ませんが、その家の前に行けばこの家であったというくらいのことは必ず覚えて居る積りです。貴方がたにご同道を願い、これからその家を探しましょう。」
 (警部)「ではそう願いましょう。何でもアノ辺の町々を夜が明けるまで捜してみるさ。」
と言い、是より又二人の巡査と警部および西山三峯の四人で彼の坂の上に引き返し先ずベッドを置いた所を元とし、老人は考えながら我が通ったと思う町を追い、右左に抜けて行ったが、これぞと思う所を見つけだせず、果てはほとんど失望し、

 (三)私の考えでは曲者がなるべく道の分からないように同じ町をぐるぐる回り進んだり引き返えしたりしていたと思います。兎に角貴方がたが一緒では心が急いてなお更分かりにくいような気がしますから、どうか五、六間私を先にやり、貴方方は後からうろうろとついてくるように願います。」
と言えば、倉地は直ぐに、
 「署長、そうするとこの曲者、イヤこの紳士が逃げますぜ。」
と言ったが、署長はそうも思わないのか。この心配を聞かない振りで、

 「ではそうなさって御覧なさい。我々は後から行きます。」
と言ってそのところに立ち止まったので、是より老人は唯一人先に出で両側の家に目を留めながら進み行くと、およそ十間ばかり行った頃、右側の路地の角にに少し店の戸が開いている家があった。どうやら先ほどベッドを持ち出した家のようで、見れば見るほど今まで忘れていたことまで思い出し、一種異様な暖簾が有ったような気がしたので、尚よく近づいて検めるといよいよその家であるのに似ている。

 老人は、
 「オヤオヤ」
と呟いて今度は戸口まで進みよりその暖簾が有るかないかを確かめようとして首を前の方に突き出すと、これこそ老人の運の尽きだった。内には何者か戸の陰に潜んで待っていたと見え、老人の顔を目掛けて一瓶の毒薬を投げ掛けた。この毒薬は硫酸と言う世にも恐ろしい劇薬であることが後になって医師の検査によって分かり、聞く人は誰も身震いして驚いたということだ。

 それはさて置いて戸の内から投げ掛けた毒薬はその狙いを誤たず老人の両目に突き入ったが、是と同時に内側からその戸を締め切り老人は忽ちその顔に烈しい痛みを覚えたが、もとより劇薬を掛けられたとはまだ気づかずただ締め切った戸の勢いに我が顔が打たれただけのことと思ったのだ。老人はアッと叫んで飛び退き大地にどうと倒れたが、再び起き上がって辺りを見回そうとして初めて我が身の禍を悟った。今見た家も見えず、戸口も見えず、町も巡査も天も地も総て見えず。

 アア、無惨、無惨と言うのも云い足りない。西山三峯老人は曲者の投げ掛けた硫酸に両の目を焼き抜かれ、全くの盲目となってしまったのだ。

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