巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

nyoyasha5

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 4.11

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

更に大きくしたい時はインターネットエクスプローラーのメニューの「ページ(p)」をクリックし「拡大」をクリックしてお好みの大きさにしてお読みください。(画面設定が1024×768の時、拡大率125%が見やすい)

如夜叉    涙香小子訳

 
                     第五回 

 どうして曲者はこの様な残忍非道な振る舞いをしたのだろう。彼はこの老人に知られるのを恐れたためなのだ。この老人が再び返って来てこの場所を発見するばかりでなく更に色々なことを見出して我を滅ぼす証人になることを恐れたため無惨にも老人の目を焼き抜いたのだ。世にこれほど恐ろしい例はあっただろうか。犯罪は数多いけれど、これほど冷酷な犯罪はない。老人は考えるに従がって、焼き抜かれた目の痛みよりも心に深い恨みを催し、 

 「おのれ、曲者」
と言いながら起き上がったが身はこれ真っ暗闇の目無し鳥、世界総て暗黒にして今見た家は何処にあるか我が身がしばしもがいたため右か左か前か後ろかそれさえも分からなくなった。
 「エエ、悔しい、この様な片輪になった盲目にして生かして置くよりサア早く殺してくれ。殺せ。殺せ、殺せば手前の悪事をしゃべりもしなければ証人になりもしない。サア殺さないか。殺さないか。」
と声を限りに泣き罵(ののし)る。

 この時の老人の心の苦しみをだれが言い表すことが出来るだろう。五、六間(九,十メートル)後ろに控えていた警部巡査は怪しんで進んで来た。
 (警部)「これ老人どうなされた。」
 (三)「ど、ど、どうしたかこの顔を、この目を見てください。」
と言うのさえも悔しそうであった。

 警部は角灯を上げて一目見るなり、
 「ヤ、ヤ、これは、目から頬へかけて一面にただれているぞ。」
と驚きの言葉は老人の身に取って死刑の宣告を聞くより辛い。もしこの警部が驚かずにこともなげに言ったなら老人の心はいくらか引き立ったかもしれないが、警部は真実驚いたまま口に出したので、老人は我が傷のいよいよ重いのを知り、

 「私は生涯娘の顔が見られません。」
と言い落胆の余り再び大地に尻餅をついた。警部も巡査もまだ充分には合点が行かず、様々に慰め問い、泣き声と共に洩れる切れ切れの言葉でようやく曲者が不意に老人の目を焼き抜いたことを知ることが出来たので、身を震わせて驚くと共に、あの意地悪な年嵩(としかさ)《年配》の巡査倉地までも真実憐れみの心を催したと見え、

 「署長、犯罪の取調べを後にしてこの老人を警察に連れ帰り、医者に見せてやりましょう。」
と言う。署長は余りの事に声さえ出ないかのように無言のまま頷くのみで、年下の栗川巡査は進み出て、
 「イヤ、署長、警察に連れ帰るよりも私が直ぐこの老人の家に送り届けてやりましょう。」
と言うのは一層人情を知る者というべきだ。署長は至極同意し、初めて、

 「直ぐにそうしてやれ。」
と答えこの言葉の終わるや終わらないうちに三峯老人は拳を固めて又起き上がり、
 「それより貴方がたは早くこの家の中を捜して曲者を捕えてください。私は彼奴(きゃつ)の喉笛に噛み付いてやらなければ腹の虫が治まりません。死んでもこの恨みを晴らします。」
と言い血走る目はないけれど、ぎりぎりと歯を噛みならす。

 実に思いが恨みに凝り固まればこのようにすさまじいものになることだろう。警部もその心根を察してやり、非常に不憫に耐えなかったので慰めて返そうと、
 「イヤ、貴方の恨みは我々が返して上げます。貴方は早く家に帰って傷の手当をなさったほうが好いでしょう。」

 (三峯)「イエイエ、目は見えませんが腕に力はありますから、曲者を捕えて渡してくれれば先を殺すか私が殺されるか片のつくまでつかみ合います。手当てをしても、どうせこの目は治りませんから、娘の顔も見ずに生きているより曲者に殺される方が本望です。サア、私を家の中に連れて行ってください。右だか左だか分からないが家は路地の角にある二階屋で、入り口に古い布暖簾が掛けて有ります。早くしなければ曲者が逃げますから、サ早く、早く。」
と中々静まりそうにもないので、むしろその請いに従がう方が慰めの一端と思い、警部は栗川に彼の手を引かせ、自らその家の戸口に行って戸を開こうと試みたが曲者はとっくに内側から錠を卸したものと見え一寸も動かなかった。

 老人はそれと察し、
 「開かなければどれ私の力で」
と言いながら、栗川を押し退け、力任せに戸を押そうとしたが、忽ち又痛みの声を発し、
 「ア痛、痛、体に力を入れると、目の玉が飛び出しそうで。」
と言った。警部は是をしおにさめざめと老人を慰めすかし、
 「貴方が居てはかえって働きの邪魔になることもありますから。」
と言ってようやく我が家に帰ることを得心させた。

 これによって老人は再び栗川の手にすがり、
 「今夜はこれで帰りますが、明日直ぐに私の家まで事の成り行きをお知らせください。」
と言い又おのれの目がつぶれたと聞けば娘がどれほどか悲しもうと言ってかつ泣きかつ怒って栗川に連れられて行く心の裏はどんなだろう。後に警部は倉地巡査と顔を見合わせ、

 「実に恐ろしい曲者じゃないか。」
 (倉地)「本当に恐ろしい曲者です。私の考えでは必ずアノ老人に恨みのある奴だと思います。」
 (警部)「決してそうではない、決して。唯この様な犯罪の場所へ不幸にもアノ老人が廻り合わせただけのことで、曲者は老人が何者かそれさえも知らない奴に違いない。しかしここで想像しても仕方が無い。その方はすぐに探偵と鍵鍛冶を呼んで来い。どうせ合鍵でなければこの戸は開かないから。」

 倉地は命に応じて去ろうとしたが、この時向こうの方から走って来た又一人の巡査があり、二人の姿を見るより早く、
 「アア、犯罪はここですか。ただ今隣区の巡回を終えて、同僚と共に帰る途中で栗川が老人の手を引いて行くのに会い、出来事の様子を聞きました。尚、栗川の注意で同僚に鍵鍛冶と探偵を呼んで来いと言ってやりました。もう直ぐに参りましょう。」

 警部は腹の中で、
 「フム、栗川は中々好く気の付く男じゃ。近々一等進めてやらなければならないワイ。」
と呟き、更に又声を発して、
 「それでは鍵鍛冶と探偵の来るのを待とう。」
とあの去ろうとした倉地をも引きとめてしばらくここで待つうちに、やがて鍵鍛冶一人探偵二人が一人の巡査に連れられてあえぎながら来たので、同勢都合七人となり、先ず鍵鍛冶に戸の具合を見させその中に甲探偵は乙探偵に向かい、

 「この犯罪は女だぜ。」
 (乙)「勿論女さ。硫酸を注ぐなどと言う非道なことをし、特に目をつぶすなどとその様な冷酷な工夫は男の心で出来るものではない。女と言う奴は本当に内心如夜叉で、どうかすると夜叉のような心を持っているから。」
 (甲)「それに又老人の返るまで戸の内に待っていたというのが男には出来ない業だ。」

 (乙)「しかし女だけにそこがかえって不味(まず)いねえ。」
 (甲)「大不味さ、なまじっか硫酸を注いだりするからいよいよこの家だったことが分かるというものサ。そのような事をせずに直ぐに逃げてしまえば老人も酔っていたことと言い、充分この家だかどれだか分からぬものをサ。」

 この問答をそばで聞く警部は初めて口を出し、
 「しかし、これを果たして女とすれば、その女は老人の目を潰すほど安心な事はないと思ったのだろう。それくらい気の付く落ち着いた女なら、男の曲者よりはかえって捕えがたいかもしれないぜ。」
 (乙)「実にそうです。女という奴は妙に人の心を察するのが上手で我々が近づけば直ぐ探偵ではないかと疑って大事をとるから困る。」

 (甲)「 そうそう女の曲者を見つけ出すには我々よりは素人が好いよ。素人だと先で色仕掛けか何かで自分の味方に引き入れようとすることなどもあるし、何時も何時も素人の確かな奴に手柄をされる。この事件もことによれば素人に任せて、我々は強盗などの様な活発な事件へ廻してもらうのが得策かもしれないぜ。」

 警部は又口を出し、
 「未だ女ともなんとも分からない先に、その様なことを言う奴が有るか。」
 (甲乙)「イエ、我々の目には充分女だと分かって居ます。ベッドを担いで行った職人風の男と言うのは、必ずその女に雇われた者です。」
と言葉のようよう終わる頃、鍵鍛冶は戸の開いたことを知らせたので、警部は巡査四人を入り口に見張らせて置き、自ら甲乙の探偵と鍵鍛冶を従がえて内に入ると、この家はこれ久しく人が住んだことがない全くのあばら屋で床に敷物さえ備わらず、二階と下を調べ尽くすと潜(もぐ)るべき戸棚も無いので、かの硫酸を投げた曲者は何処から逃げ出したのか今はその影さえも見ることが出来ない。

 (乙)「 この様なことだろうと思った。裏口からとっくに逃げたのだ。 」
 (甲)「 そうだ。捕り手の邪魔をするために裏口の戸へ外から錠を卸して去ったと見える。鍛冶屋に開けさせてみろ。裏口に細い路地があって八方へ逃げられるようになっているから。鍛冶屋はその言葉を聞き直ちに裏口の戸を開けると、果たして探偵の察しに違わず、ここはいずれへも逃げ去ることの自在な路地の道だった。

 (警部)「先に裏口に廻れば好かったがそうする暇も無かった。」
 (乙)「そうですとも。老人が目を焼かれて尻餅をついた頃にはもうとっくに逃げ延びていたのです。」
 (警部)「では是だけ調べてみても更に手がかりは得られないと言うのか。」
 (甲)マア、そうですがもっともも同僚の中にはあの絞め殺された死骸を見て四、五年前確かにこの女を見かけたと言う者がありますから、アノ女の身の上を調べる手がかりというものです。」

 (乙)「 それに御覧なさい。この床板の塵に印してある靴の跡も手がかりです。男の大きな靴跡の他に女の靴跡が二種類ほどありますよ。一つは殺された女の靴、一つは殺した女の靴、即ち硫酸を投げた女の靴です。」
 (警部)それだけでは不満足だが、何しろこの通りのあばら屋で他に手がかりにすべき品もなし。これで引き上げるとしようかな。」

 (甲)「引き上げましょう。この事件は十年前の探偵流に足跡など捜して分かる事件では有りません。殺された女の身の上を調べるのが肝腎です。」
 (乙)「そうサ、それで分からないなら、どうしても分かりっこなしだ。」
と一同戸の方まで出て来たが、この時警部は戸の下に指を差して、
 「見ろ何だか衣類の切れが戸にはさまっているぞ。」
という。甲乙は是を見て確かに戸の下の錠に掛かって切れた布があることを見て、甲探偵は直ぐに拾い上げて乙に示し、共々調べながら

 (甲) 「ソレこれは婦人服の裾の切れです。」
 (乙) 「硫酸を投げた女が慌てて戸を閉めるはずみに戸の間に裾が挟まれたが再び戸を開けて是をはずす暇が無いから引きちぎって逃げてしまったのだ。」 
 (警)「成る程、ソレに決まって居る。これで先ず女ということが分かったし、この様な着物を着ている女に目を付ければ好いというもの。」
 (甲)「成る程そうです。」
と言ってさらに角灯に差し付けて二人共々調べたが二人は一様に打ち驚き、

 「オオこれは非常に立派な絹だ。よっぽど贅沢家に決まっている。署長、この罪人は貴婦人ですぜ。」
と一様に叫びたり。
 (警部)「先に裏口に廻れば好かったがそうする暇も無かった。」
 (乙)「そうですとも。老人が目を焼かれて尻餅をついた頃にはもうとっくに逃げ延びていたのです。」

 (警部)「では是だけ調べてみても更に手がかりは得られないと言うのか。」
 (甲)マア、そうですがもっともも同僚の中にはあの絞め殺された死骸を見て四、五年前確かにこの女を見かけたと言う者がありますから、アノ女の身の上を調べる手がかりというものです。」

 (乙)「 それに御覧なさい。この床板の塵に印してある靴の跡も手がかりです。男の大きな靴跡の他に女の靴跡が二種類ほどありますよ。一つは殺された女の靴、一つは殺した女の靴、即ち硫酸を投げた女の靴です。」
 (警部)それだけでは不満足だが、何しろこの通りのあばら屋で他に手がかりにすべき品もなし。これで引き上げるとしようかな。」

 (甲)「引き上げましょう。この事件は十年前の探偵流に足跡など捜して分かる事件では有りません。殺された女の身の上を調べるのが肝腎です。」
 (乙)「そうサ、それで分からないなら、どうしても分かりっこなしだ。」
と一同戸の方まで出て来たが、この時警部は戸の下に指を差して、

 「見ろ何だか衣類の切れが戸にはさまっているぞ。」
という。甲乙は是を見て確かに戸の下の錠に掛かって切れた布があることを見て、甲探偵は直ぐに拾い上げて乙に示し、共々調べながら
 (甲) 「ソレこれは婦人服の裾の切れです。」
 (乙) 「硫酸を投げた女が慌てて戸を閉めるはずみに戸の間に裾が挟まれたが再び戸を開けて是をはずす暇が無いから引きちぎって逃げてしまったのだ。」 

 (警)「成る程、ソレに決まって居る。これで先ず女ということが分かったし、この様な着物を着ている女に目を付ければ好いというもの。」
 (甲)「成る程そうです。」
と言ってさらに角灯に差し付けて二人共々調べたが二人は一様に打ち驚き、
 「オオこれは非常に立派な絹だ。よっぽど贅沢家に決まっている。署長、この罪人は貴婦人ですぜ。」
と一様に叫びたり。

次(六)へ

a:427 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花