巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百二十九) 何して金が出来た!

 添子は、絶望に呻吟(うごめ)いて居る江南を、励ます様に引き起して、
 「何で貴方は男らしく自分の気を引き立てませんか。何れほどの災難にもせよ、唯呻(うめ)いて居ては仕方が有りません。」
 江南も漸く然(そ)うと思ったのか。重たそうに首を上げ、

 「イヤ唯呻いて居るのでは無い。考えて居るのだ。添子、添子、もう夜逃げする外は無い。幸いに今日谷川弁護士が来て、一万円ほどの遺産が両三日の間に、私へ転がり込む様に言った。其の外にこの画も、五千円には買い手が付いて居る。其れや是やを取り纏(まと)め、外国へでも落ちて行けば、何とか身を立てることが出来よう。私が再び身が立てば、其の時に又和女の面倒を見て遣るから、其れまでの処、和女は奉公するなり、或いは劇場に帰るなりして、何とか自分だけの生活の道を立ててお呉れ。」
と嘆願するように述べた。

 詰る所、体のよい夫婦別れの相談である。今の江南としては、成るほど此の外に活路は無いで有ろう。添子は別に驚いた様子も無く、
 「けれど其れは最後の場合ですワ。ねえ。」
 江「そうさ。今が全く最後の場合だよ。此の外に道は無い。」
 添「でもここに幾らの金が有れば、其の様な事をせずに済みますか。貴方は先達(せんだ)って三万五千円(現在の約三千五百万圓)有ればと仰ったでは有りませんか。」

 江「然(そ)うとも、三万五千円有れば、一時は漕ぎ抜けられる。けれど其れが無いのだ。今言う通り一万五千円位いは何うか出来ようから、其の上に若し二万円も有ればーーー。」
 添子は舞台でも見ないほどに澄(す)まし込み、
 「では、是では何うです。」
と云い、銀行の小切手帳を江南の前に投げ出した。

 江南は怪しみながら取り上げ、開いて見ると、添子の名前で、四万円払い込み、何時でも引き出すことの出来るように成って居る。江南は夢では無いかと疑う様に、幾度も見直したが、終に全く驚いて飛び上がり、
 「ヤ、是は四万円だ。何して和女(そなた)にこの様な金が出来た。」

 添子は益々澄まして、
 「何してでも好い。此の金で事が足りるか否を返事なさい。」
 江「足りる。足りる。」
 実に添子は何して此の様な大金を得たので有ろう。彼女の身振りは、全く大金持ちの奥方とでも言う様な態(さま)である。

 「足りるなら最早お金の事などは心配成さるな。けれどここでお断りして置きますが、今までは貴方にお金が有って私にお金が無かった。其れで貴方が主人で、私は単に貴方の指図を守って居ました。今からは其れがアベコベに成るのですよ。私にお金が有って、貴方に無いのですから。私が主人で、貴方は何でも私の言い付けを守らなければ成りませんよ。」

 何だか最もらしく聞こえるけれど、妻が夫の主人に成るとの約束は、余り聞いた事の無い例(ため)しである。



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