巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百三十五) 説明せぬ説明

 江南は添子の名案を、殆ど救いの神の様に感じた。けれど只一つ気に掛かるのは、網守子の事である。先刻自分と網守子の間に荒れ狂った、大風波を考えて見ると、此の後、網守子が、自分に対して何の様な寇(あだ)をするかも知れない。彼は打ち明けて添子に問うた。

 「和女の案には一々感服したが、一つ困るのは網守子だよ。彼の女が、私の秘密を知って居る以上は、何時訐(あば)かれるかも分からない。」
 添子は易々と此の心配を掻き消した。
 「其れはご安心なさい。網守子は唯だ一心に路田梨英の事を思って居るのです。貴方の秘密を暴露すれば、貴方の恥になると同じく梨英の恥に成りますから、決して網守子は口外しません。」

 江「本当にそうだろうか。」
 添「其れは私が請合います。今考えて見ると、網守子は貴方の秘密を調べるのに随分苦心したけれど、他人へは其の素振りさえ見せないのです。貴方に向かってこそは、様々の事を言おうとも、他人へは秘し隠しに隠します。」

 成るほどそうに違い無い。是で江南は一切の心配が消えた様に、安心の色を現し、
 「オオ有り難い、添子、私は和女(そなた)が来る時まで、全く前途が暗黒に成った様に思い、身投げか夜逃げの外は無いと心配したけれど、和女のお陰で、金も出来る、名誉も支えられる、もう此の後は、何の様な事が有ろうとも、和女と分かれない様にして、共々に奮闘しよう。」
と云い、全く有り難たさに堪えない様に、添子の身体を抱き締めた。実に江南がこれほどまでに言うのは、よくよくの事である。

 此の翌日新聞紙には、江南と添子との三年前に結婚したと言う件の広告が現れた。直接に江南を知らない人まで、驚くべき奇談の様に感じた。恐らくは全ロンドンの食卓が江南の噂で満ちたほどで有ろう。江南は誰にも説明しない方が却って正直らしく見えると思ったけれど、唯谷川弁護士にだけは手紙を送った。

 「拝啓、貴方の様に、万事お世話下さる恩師に対しては、説明の義務ありと感じ、内事ながら申し上げます。添子と私との三年前の結婚は、全く尊親族の無情な遺言に妨げられ、殆ど世を欺くにも当たる様な関係に、イヤ無関係に、見せ掛けて居ましたけれど、無関係を粧(よそお)うべき理由が、此の度突然に消滅しました故、相愛する両人は、此の上一刻も他人らしくして居る事に我慢が出来ず、世間の人が何と思うかをも顧みる余裕なく、大急ぎで夫婦関係を実現する事と為りました。何事も不行き届きの段は相愛する二人の真情に対してお許し被下度候(くだされたくそうろう)。」

 谷川弁護士は読み終わって、
 「何だ、説明と言いながら、何事をも説明して無いワ。」
と呟いた。


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