巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百三十七) 苦いのと甘いの

 江南と添子とが、夫婦関係を広告した翌々日、果たして谷川弁護士から、江南を呼びに来た。
 江南は、此の迎えを心待ちに待って居たので、今日こそは、愈々古江田利八の子孫と言う関係の為、自分へ一萬圓からの身代《財産》が転がり込むのだと思い、殆ど取るものも取り敢えずに、谷川の事務所へ急いだ。

 勿論、不意に一萬圓からの品物が、自分の物と為るのは誰だって悪くは無い。けれど江南は、特別に金の欲しい事情の下に居る。品物で有ろうが証書で有ろうが、金目でさえ有れば歓迎する。
 此の有様では、愈々其の品物が、捨て売りにしても、五十萬圓以上、事に由れば百萬圓にも成ろうと言う、真の事実を知ったならば、其の時の喜び方は、何の様で有ろうと、今から思い遣(や)られる。

 谷川弁護士は彼に向かって座し、今日は君に対して、苦い話と甘い話と二個ある。先ず苦い方から済ませよようか。一昨日の君の手紙で、君と添子との夫婦関係は分かった。けれど君が添子を初鳥何某の未亡人だと云って、僕を欺いたのが、合点が行かない。」
 是には江南も行き詰まった。

 「実は無情な親族の遺言で!」
 谷「何にしても、僕を欺くと言うことは。」
 江「ハイ、全く相済みませんが、実は其の尊親族の遺言の為、何しても、世間を欺かなければ成らない事情が有りましたので。」
 谷「フム、何(どう)せ世間を欺くのだから、特別に谷川を欺いて遣ろうと、こう思ったのか。」

 江「イイエ、実はー実はーそうです。先生ならば、愈々其の事情の消滅した時に、直接お詫びする事が出来る。他の人を欺いては、後で詫びの仕様も無いと思いまして。」
 谷「イヤ僕は、過ぎ去った事を、諄々(くどくど)追及はしない。けれど、僕の信用にも関するよ。不意に添子が逃亡して、寒村嬢の迷惑も、並大抵で無い。僕は寒村嬢に対しても、殆ど合わす顔が無い。」

 江「イヤ何と仰(おっしゃ)られても、唯お詫びする許りです。何うか事情をお察しの上、其の尊親族の遺言と言う事情を、幾重にも、幾重にも。」
 谷川は物を根に持たない気質である為、是だけで早や心が解け、
 「イヤ君がそう謝罪するなら、僕はもう何も言わない。」
と全く打ち解けはしたけれど、其れでも江南の行いの奥底に、何か疑うべき所が有る様に見て取った。

 「では是から甘い話に移る事としよう。」
 江南は密かにホッと息を吐いた。
 「ハイ何うか。」
 谷「実は先日、君に話した古江田利八の件だ。君に転がり込む物が有ると云って置いたが、其の値打ちは幾等にもせよ、君は感謝しなければ成らない。」

 江「ハイ感謝します。真実に心の底から感謝します。」
と、何事が有っても、取り逃がしては成らないと云う様な有様が、早や言葉の調子に見えた。


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