巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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        (百九十四) 紅宝石(ルビー)を売り払う
 
 実に梨英と網守子とは、六年前に初めて逢った時から、世間に有り触れた許嫁の仲よりも、モッと親しい仲であった。此の様な両人が、終に許嫁の約束を結ぶのは、全く自然の順序で有ろう。既に許嫁と為ったからには、網守子は成るべく早く結婚するのが好いと言って急いだ。けれど梨英は躊躇した。下田夫妻でも、小笛でも、無論早く結婚する方へ賛成した。

 両人の間は、是程開け放しで有った。両人で密々(ひそひそ)と相談するのでは無く、一同の居る前で一同と共に評議することさえあった。若しも愈々結婚と決まったならば、舟で母島へ漕いで行き、牧師に式を挙げて貰えば其れで済む。今日と言って今日、夫婦に成ることも出来る。

 其れでも梨英は承知しない。今の自分は家さえも無い身である。此のまま結婚して、世間の人から、妻に縋(すが)って身を立てる様に思われるのは、聊(いささ)か辛い。
 彼の希望を云えば、切めて自分の絵が展覧会に現れて、一廉(ひとかど)の画家と云われる様に成った上に仕たい。

 色々と評議の上、彼の紅宝石(ルビー)を売り払い、ロンドンに身分相応の画室を作って、其の上で結婚すると云うことに決まった。
 「彼の紅宝石は、安く見積もっても五十万(現在の約五億円)以上の値打ちは確かである。」
と梨英も網守子も信じて居る。

 今の新進の画家にして、是だけの財産の有る人は恐らくは無いで有ろう。たとえ其の財産は、自分の腕で稼ぎ出したので無くとも、谷川弁護士の云った通り、先祖の余徳が自分へ回復せられるのである。其れを有益に使うのが自分の義務である様に感じて、其れが為に此の島へ来た程の次第であるので、梨英の心は終(つい)にこの様に定(き)まった。

 自分は先祖の余徳を以って画室を開き、其の上に自分の画が幾分でも世に認められることと為ったならば、如何なる家の令嬢を妻にしても、世間へ憚(はばか)る筋は無い。

 相談が決まると共に、網守子は梨英と連名で、谷川弁護士へ電報を発した。其の意味は、鰐革の嚢の中に在る紅宝石は、愈々(いよいよ)路田梨英の所有に帰したので、何時にも売り払うことの出来る様に、商人へ打ち合わせて置いて呉れ、数日の中に梨英が帰京し、其の上で売り払いを実行し、正金を受け取ると云うのである。

 事が決まって網守子も梨英も、初めて広い天地へ出た様な気持ちがした。中でも網守子は、梨英の画室を成る丈立派にし度いとの希望で、梨英及び小笛と共に、先祖から伝わって居る絵の類を検めたが、先年見た時は、絵の値打ちも分からなかったけれど、今は実に類稀(たぐいまれ)なる珍品が、我が家に在ることを知った。


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