巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百二十一) 退引(のっぴき)させぬ態度
 
 若し網守子が、静かな冷ややかな心を以て、添子の言葉を聴いていたなら、随分辻褄の合わない所もあり、油断の出来ない所や、賛成の出来ない所、又は腑に落ちない所なども有る筈である。けれど、全くのところ、網守子の頭は、昼間から余り働き過ぎて、其の上に心配やら煩悶やら種々の感情にも紊(みだ)され、もう余ほど掻き曇っている。

 実に添子が網守子を説き伏せるには、願っても無い好条件の時であった。
 其れに又、添子の言う二枚の原紙は、網守子に取り、路田梨英に取り、此の上も無い貴重な品である。之が無ければ、たとえ梨英は助かった所で、生涯其の身に一種の疑いが附き纏(まと)うことは、添子の言う通りである。

 この様な貴重な原紙を持ったまま、添子と江南に逃げられては、取返しの附かない損害であると網守子は思った。
 思うが否や、少しの駆け引きも無く、率直に、
 「夜逃げなどは止めて下さい。私が何の様にでも貴女へ約束しますから。」
 是で網守子は、殆ど全く添子の手の中に入った様な者では無いだろうか。

 添「では此の後、私の何の様な悪事が露見しても、許して下さるか。」
 網「許します。」
 添「決して江南と私を責めず、口外せず、知らない顔で居て下さるか。」
 網「ハイ、責めも口外も仕ませんよ。」
 本当に安心の胸を撫でた。

 「では斯(こ)う致します。今夜の中に私が無名の手紙に封じて其の二枚の原紙を検事長に送ります。明朝早く検事長の手に入りますから、検事長が其れを見れば、誰から来たか分からなくても、梨英に対する疑いは、即座に解けますから、梨英は午前の中に保釈が許されます。」

 此の様な事は法律の事を知って居る江南と、十分な研究をして来たのである。
 「其れから二日の後には愈々其の二枚の原紙が本物と分かりますから、梨英は何の咎めも無く放免せられます。ですから、若し明日の午前中に保釈が許されたなら、全く私が約束を履行したと思って下さい。」

 網「ですが貴女は、今其の原紙を持っていますか。持って居るなら私に見せて下さい。」
 添「持って居ますとも、けれど貴女が堅く此の約束に従うとお誓い成さる迄は、お見せ申すことが出来ません。」
 網守子は何だか不安心に思う所も有る。
 「無名の手紙では、真の犯人が誰かと言うことが検事に分かりませんね。」

 添「其れは分かりませんとも、誠の犯人は江南ですもの。其れが分かっては、私が貴女から口止めの約束をして頂く甲斐が有りません。貴女は誓いますか。誓いませんか。誓うならば、直ちに原紙をお目に掛けます。」
 殆ど退引(のっぴき)させぬ《避けることも退くことも出来なくする》態度になった。


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