巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百三十五) 腹の立たぬ反対

 是より梨英と網守子は様々に話し合った。梨英の方は前から、紅宝石(ルビー)を売って、一廉(ひとかど)の画室を作り、其の上で結婚すると定めてあった。然るに其の紅宝石が紛失した故、当分婚礼を見合わすと主張した。

 彼は自分の腕で幾分か世に売り出し、網守子の夫としても恥ずかしくない地位を得て、其の上で結婚したい。是れは男の意地で有ろう。のみならず彼は、自分の書いた「古家庭」の絵に望みを繋(つな)いで居る。彼の絵が愈々展覧会に出ることと為ったら、自分の姓名は、今までの蛭田江南に、劣らないほど高くなると信じて居る。勿論是れは当然の見込みである。

 之に対して網守子は、今直ちに結婚しなければ成らないと主張した。他の事と違い、犯罪の嫌疑を以て捕らわれたと言う様な事柄は、仮令(たと)え放免せられても、まだ幾分の疑いを残す者なので、ここで直ぐに結婚して、世に披露し、妻も夫も胸に少しの心配をも留めて居ない事を示すのが好い。

 全く梨英の考えとは反対であるけれど、其れでも梨英に取っては、余り腹の立たない反対であった。此の様な反対は、必ず何処かに調和の道の有る者である。

 何う調和したか分からないけれど、両人は間も無く打ち連れ立って、此の事務所を出た。谷川が帰ろうが帰るまいが、其の様な事には頓着しない様子である。

 其れは扨(さ)て置き、家を飛び出した谷川は、直ちに銀行へ駆け付けた。何う考えても自分の家で紛失したとは思われないので、銀行を調べて見る積りである。彼は熱心に事務員に掛け合い、調査の出来るだけ調査した結果、終に彼の紅宝石が、一旦網守子の使いの者に取り出された事が分かり、のみならず、其の時の網守子の手紙までも手に入った。勿論、添子の作った贋手紙であるけれど、谷川はそうは思わない。確かに網守子の文字だと見て、扨(さ)ては此のところに間違いの根本が有るだろうと思った。

 網守子は何故にあの紅宝石を此の通り、一旦銀行から取り出して又本へ返したのだろう。又何故に其の事を私に語らないので有ろう。其の時は何か事情が有ったとしても、先刻其の紅宝石が贋物と摺(す)り替えられたとわかり、私がが此の上も無い、当惑の地位に落ちたと知りながら、何故に黙って居たのであろう。

 真逆(まさか)に、網守子自身が摺り替える筈は無い。けれど網守子が取り出した時に、誰かに摺り替えられたに違いないと、谷川は思い詰めた。そうとすれば、其の取り出した時の事情を、網守子に良く聞けば、自ずから端緒(いとぐち)が分かるで有ろうと、こう思って、またも自分の事務所へ飛んで帰った。

 けれど網守子の姿は見えぬのみならず、机の上にはまだ贋の紅宝石が、広がった儘(まま)に在る。


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