巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume30

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.1.31

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

            (三十) 女詩人柳本小笛嬢

 何と云う奇妙な契約であらう。梨英が絵を書いて、江南の許に送ると、江南が自分の名を書き入れ、自分の作品として売るのである。是が為に江南は、当世有数の大画家と云われ、梨英の方は少しも世間に知られて居ない。

 売った代価は、山分けと云う約束であるけれど、大部分は江南が着服する。今更梨英は、此の約束を破ることが出来ない。梨英の自作としては、却(かえ)って偽物と疑われる。
 けれど江南の為に、この様な約束の犠牲と為って居る者は、梨英一人で無いと見える、梨英が立ち去ると間も無く、取り次ぎの老人が又抜き足で入って来て、恭(うやうや)しく低い声で、
 「柳本小笛嬢が参りました。」

 直ちに通された柳本小笛嬢と云うのは、痩せた姿に、安物ながら、垢の付かない着物を清(さっぱ)りと着て居るが、多分田舎者で有ろう。今の世には珍しい、羞(はに)かみ勝ちの女である。年は二十四、五歳、前額が出て、眼が丸い。

 彼女は正面から江南の顔を見ること出来ない。田舎出の女学生が、蛭田江南の様な、当世第一流の大家の前に出るのは、身分不相応の光栄である。彼女は丸い目を伏し目にして、
 「詩が出来ましたので、持って参りました。」
と云って、丁寧に認(したた)めた、薄い詩稿を差し出した。

 江南は受け取って披(ひ)らいて読み、
 「アア是ならば、私が少し仕揚げを施せば、誌上に載せることが出来る。サア原稿料。」
と云って、五円(今の約5千円)の金を与えた。小笛は受け取るのさえ極まり悪そうに、

 「私は自分の作った歌が、活字で印刷せられ、雑誌の紙上に現れたのを見ますと、嬉しくて朝から晩まで読み返します。毎号載せて下さる上に、此の様に報酬まで戴いては済みませんけれど、何分にも、先日も申し上げた通り、兄が片足無くした廃兵だものですから。」
 江南「分かって居ます。分かって居ます。したが其の兄さんが、久しい以前から筆を執って居ると云う戯曲は、もう脱稿しましたか。」

 笛「兄は幾たび書き直したか知れません。それはそれは良く出来て居まして、私などは、今迄の芝居に、是ほど面白いのは無いと思います。漸(ようや)く昨日から、清書に取掛かりましたけれど、芝居の座主を知って居る訳では無し、本屋にも知り合いが無い。何して世に出さうかと、酷(ひど)く心配して居ます。」

 江南の眼には、其れをも我が物に仕たいと云う様な、貪欲の光が輝いたけれど、直ちに何気ない様に返り、
 「清書が終われば、私が一応見て上げましょう。愈々(いよいよ)世に出せる品なら、世に出す道も開いてあげましょう。」
 小笛は嬉しそうに、

 「兄がそう聞けば、きっと喜ぶことでしょう。」
と深い感謝の意を述べたけれど、猶(ま)だ何事か言いたい事が有る様で、モジモジして立ち去ろうともしない。

次(三十一)へ

a:116 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花