巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (四十五) 自称の先輩

 女詩人柳本小笛嬢の部屋に入り来った一紳士は、蛭田江南である。
 彼の立派な身姿(みなり)は、狭い部屋の隅々にまで輝く様に見えた。
 彼は何の為に来たのであろう。実は盗みの為に来たのである。
 彼は驚く小笛を制して、

 「過日、貴女の話した兄さんの身の上が、お気の毒に思われるので、相談相手には成れなくても、せめては脱稿した戯曲を拝見し、出来るだけの助言を、お与えし度いと思って来ました。戯曲はもう興行人か出版社が、見付(みつか)りましたか。」

 小笛の為に、救い主の様な有難い言葉である。
 笛「イイエ、未だ見付(みつか)りません。貴方の御親切は、兄に聞かせれば、何れほど喜びましょう。」
 江南「私を兄さんに逢わせて下さい。」
 小笛は部屋の見すぼらしさを、極まり悪くも思うけれど、其れよりも、兄を喜ばせ度いとの念が先立ち、早や仕切りの戸を開こうとすると、江南は引き留めて、

 「貴方等二人は、此の狭い部屋にきっと不自由勝ちでしょうが、全体何れほどの収入が有るのです。」
 実に無礼な問では有るが、小笛は、唯だ江南の身分や見姿に圧迫せられ、単に当然の問の様に感じ、
 「ハイ、兄の年金が一月に割り当てると、十六円(約一万六千円)余り有りまして、それに私が時々貴方に頂きます原稿料で補います。」

 江南は眉を顰(ひそ)め、
 「其れだけでは都の生活は出来ない筈ですが。」
と暗に自ら補助を与え度い風を示した。
 笛「ハイ、其れゆえ、兄も私も本当に麺麭(パン)と水とばかりで暮らして居ます。」
 江南「イヤ、幾等天才でも、栄養不良に陥ってはいけません。実は天才だけに、なおさら養いが肝心です。」

 小笛は次の部屋へ入り、暫(しば)し兄に説明した上、出て来て江南を通し、二人で自由に話(はなし)する様にと、仕切り戸を閉じた。
 兄の阿一と言うのは、前額の広い様、目の丸い様など、良く小笛に似た顔である。

 部屋の中には、テーブルの上に、背の丈二十一cmから二十四cmほどの幾個かの人形が置いてある。是は阿一がが戯曲の中の人物と見做(みな)し、二年以来、毎日自ら踊らせながら、本文を書いたり直したりしたのである。彼は片手をテーブルに杖(つ)き、片足に立ち上がって兵式に敬礼をした。

 江南「イヤ不自由なお身体で礼式には及びません。打ち解けてお話ししましょう。実は小笛嬢から、貴方が戯曲の処女作を発表したい由を聞き。」
 阿「ハイ只今妹から、其の御親切を聞きまして、感謝の念に耐えません。」

 江南「ナニ、処女作と言う者は、何うしても、一応は先輩から親切な、そして容赦の無い助言を受けなければ、突然興行者に渡しては、必ず後悔する事が有ります。」
 其の実自分では、曾(かつ)て戯曲を作った経験も無いのに、早や先輩と仄(ほの)めかして居る。


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