巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

sutekobune142

捨小舟   (博文館文庫本より)(転載禁止)

メアリー・エリザベス・ブラッドン作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2015.3.15

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         捨小舟  後編   涙香小史 訳

                   百四十二

 苫蔵(とまぞう)と古松とは、其の実は同人であると云う侯爵の言葉に、重鬢先生は驚いて問い返すと、侯爵は我を忘れて顔を突き出し、
 「先生、私も今日が今日まで知りませんでしたが、先刻この土地の郵便局でその苫蔵が捕縛される所に出会いました。」
 重鬢先生は既にパリで、横山長作と云う英国の探偵が、古松を捕縛する為、伊国(イタリア)に出張したとの事を、薄々園枝から聞いて来た事なので、是だけ聞いて凡そそ仔細を察し、

 「アア、爾(そう)ですか、苫蔵が捕縛されましたか。」
 侯爵「ハイ、捕縛される前に、私は彼と郵便局員との問答を聞いて居ましたが、彼は自分の事を古松と云うのです。そうして彼を捕縛した探偵吏も、彼を古松松三と云って捕えました。是だけで古松と苫蔵と同人だと云う事は何よりも明白です。」

 重鬢先生は暫(しば)し彼是と考え廻して、
 「フム、古松と苫蔵と同人と分れば、是で証拠は殆ど揃いました。併し未だ一つ貴方に伺い度いのは、その苫蔵の身の上です。彼はその昔貴方とどう云う間柄でした。」

 侯爵「何の間柄でもなく、私の雇い人です。話せば長い事柄ですが、私の父の代からこの地中海を乗り廻す遊山船の船頭として、私の家に雇って置いた船乗りが有ります。その船乗りは身持ちが悪くて私の父から暇を出され、破落漢(ゴロツキ)同様の身に零落れて居ます中、英国から漂白(さまよ)って来た乞食女を妻にして子を儲けました。その子が即ち苫蔵です。

 その後、彼の父母はともに酒の為に命を損じ、自分一人生き残って乞食同様に成って居るのを私の母が憐れみ、父に隠して救い上げ、多少の教育など施して遣りましたが、その後私が父の後を嗣(つ)ぐに至り、彼を同じく遊山船の方へ使い、その船の書記と水夫兼任の様な仕事をさせ、給金は並みの雇い人より倍以上も与えて置きました。

 それなのに、彼は非常に手癖が悪く、屡々(しばしば)船の会計から金子を盗み去るのです。そうして自分の罪を隠す為、言葉巧みに私を騙して、他の雇い人へ疑いを掛けるように仕組み、それが為に私は罪も無い雇い人を罪人だと思い、悪名を附けて放逐したのが四、五人も有りました。

 それでもまだ金子の紛失が止みませんから、好く好く糺(ただ)してみると、初めて彼の仕業と分り、彼が巧みに他人へ疑いを掛けさせて居たと分りました。唯金子を盗む丈なら兎も角も、その疑いを潔白な他の人に塗り付けるに至っては実に譬(たと)えようのない悪人なので、私は犬を打つ様に打ち据えて、彼をば解雇し、先に悪名を附して放逐した者共に悉(ことごと)く詫びを入れ、再び船へ帰って貰いました。その者共は今もまだ私の船に居るのです。
        
 ところが彼苫蔵め、その後私の父の筆跡を贋造(がんぞう)して、証書様の物を作り、親の代に私の父へ預金が有ると称して、其の取り戻しを裁判所に訴え、大いに私の死んだ父の名まで汚そうとする振る舞いを現しましたので、私から彼の奸悪を裁判所に通じますと、彼は其の証拠迄自分で偽造したと云う証拠を取り上げられ、罰せられて数年の苦役に刑せられました。

 是だけが彼と私の関係で、その後は彼の顔も見ませんので、娘が攫(さら)われた時に当っても、彼の仕業だとは全く思わず、貴方に探偵を請うまでに立ち到った訳でしたが、其の時貴方の注意により、或は彼だろうかと初めて疑い、それから段々取り糺(ただ)して見ますと、彼がそ苦役を済ませ、元の土地へ帰って密に私の家を窺(うかが)って居たなど云う事も分り、その他様々に思い当る事柄が分って来て、私がこの国を立ち去る頃は、愈々(いよいよ)彼に相違ないと云う見込みが附きました。

 彼ならば元が水夫の子なので、どうせ海浜や波止場を頼りにしなければ、糊口の出来ることはないと私は斯(こ)う思い、一つはそれが為に船で世界を乗り廻すことに成ったのです。」
と明察に述べるのを聞き、重鬢先生は非常に満足の顔付きで、
 「アア是でもう誰に聞かせても、私の云う婦人が、その苫蔵の古松に攫われた貴方の令嬢です。」

 侯爵は益々急込(せきこ)み、
 「その娘は何処に居ります。」
 重鬢先生は、自ら園枝から聞いた所を順々に説き出し、先ず園枝が古松に育てられて居た頃の事を初め、その後家を逃げ出し、常磐男爵に救われて、その妻となった事、悪人の企みで牢に下され、牢の中で古松に父の事を聞き、出獄後児を産み、更に父の行方を追って国々を遍歴し、今は仏国(フランス)の巴里で、面(かお)を包み隠して音楽師となっている事まで、要を摘(つま)んで語り終わると、侯爵は余りの嬉しさ悲しさにただ涙に咽返(むせかえ)って、一語をも発することが出来なかった。

 しばらくして決然と立ち上がり、
 「直ぐに巴里に行きましょう。サア先生、私を娘の居る所までお連れ下さい。」
と云い、何も彼も打ち忘れて、早や飛んで行き度い程に身を震わしたのは、真に人間の自然の感情に違いない。




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