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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第四十二

 自ら殺した覚えが無いのに、殺したと白状するその辛さ、読者よ、妾(わらわ)はただ読者が推量してくれる事を請うばかり。父は非常に嬉しそうに、
 「オオ、それでこそ私の娘じゃ。侯爵家の令嬢じゃ。」
とその顔を突き出したが、又考えて悲しくなったのか、

 「でも愈々殺したと白状しては弁護が益々難しくなりはしないか。大鳥という法学士の説では、今白状すれば陪審員まで憐れみの心を起こすと言ったけれど、起こすか起こさないか他人の心は当てにならない。待って呉れよ、私は今一度帰って大鳥法学士に相談して来る。  愈々憐れんでくれるものか、くれないものか、白状せよと勧めたけれど、真に白状するとなると又心配じゃが、念の為に聞いて置く。お前は真実殺したから殺したと白状するのか。それとも殺さないけれど私に迫られて拠り所無く白状するのか。その所を確かに聞かせて置いてくれ。」
と老いの身の愚痴に返ったが、妾を思う為に違い無い。

 「ハイ、私は自分でも殺したのか殺さないのか分かりません。全く殺した覚えはありませんけれども、あれだけの証拠があって見れば、神経病の後とは言え、覚えが無くても殺したかも知れません。」
 (父)フム、殺したかも知れないけれど、覚えは全く無いのじゃな。そうすると少し事が違ってくる。大鳥はお前に覚えがあるけれど、それをないないと言い張って居るのだと思っている。私もそう思っているが、お前の様子を見てなんだかさっぱり分からなくなって来た。まあまあ白状は何時でも出来る。切羽詰れば白状するとこう大詰めを決めて置いて、、その切羽詰る時まで、なるべく曖昧にな返事をするのが大事かもしれない。

 今迄妾に白状を勧めた元気は何時しか無くなっていた。
 「そうさ、その曖昧な返事をして置く内には予審が済むだろう。予審が済めば弁護人がお前に面会すると言うから、その上で篤と相談して決めるがよい。」
 (妾)でももう予審は済んだのでしょう。判事は一昨夜そう言いました。これで村上が捕らえられなければ直ぐに公判に回してしまうと。
 (父)イヤ、そう言っても予審は未だ済んでいない。私が面会願いを差し出したけれど、予審の住むまでは面会は許さないと言う事であった。
 (妾)それでは貴方はどうしてここに面会に来る事が出来たのですか。

 父はその声を低くして、
 「実はこの牢の牢番を勤める男に昔私が一方ならない恩を着せてあるから、色々とそれに頼み込んで密かに面会をさせてもらったのじゃ。
 (妾)エ、密かに
 (父)そうさ、密かに。
  アア、父は病気の身をもってしかも牢屋の規則を破り、密かに面会に来たものなのか。親はこのように子を思うものなのか。

 (妾)それでは貴方は一刻も早くお帰りなさるのが好うございます。私の身はそれ程心配なさるのには及びません。
 (父)帰る事は帰るが、もう一つ決めて置く事がある。先ほども言った通り、こうしてお前の様子を見ると、白状してよいか悪いか又思惑が違って来たから、帰って大鳥法学士に相談して返事を寄越す。
 (妾)では又ここへいらっしゃるのですか。
 (父)「そうではない。二度と来るのは危ないから、一つ合図を決めて置く。私が帰ると直ぐにシャツを差し入れて寄越すから、そのシャツが一ダースあれば白状してくれ。半ダースあれば白状するなと言う知らせだから、その積りで間違いないように。」
と言う折りしも、再び牢番がの女が来て、

 「面会の時間が切れますぞ。」
と伝えた。父は小声で妾に向かい、
 「フム、牢番は獄長から面会をさせてやれと言う命令を受けているから通常の面会人と思って、正直に時間を知らせて来たのだ。永居をしては獄長の迷惑になるだろう。」
と言いながら立ち上がろうとするけれど、よろめいて腰さえ延びない。妾はアレーと言って抱き起こすと、この時、以前の小使いと思われる男が入って来て、父を助けて連れ出した。

 妾はその後に唯一人呆然としていたが、凡そ二時間をも経った頃、父から一包みの入れ物が到来した。開いて見ると妾の好きな食品が二、三種、他に一ダースのシャツが添いてあった。一ダースとは白状せよとの合図である。覚えの無い事を覚えありと白状させ、その上でどの様に弁護する積りなのだろう。大鳥弁法学士とは前から知っている代言人で、名誉も非常に高い人なので、その人の言葉に従えば、まさか間違いは無いだろうが、殺さないものを殺したと白状するのも偽りは偽りである。

 白状すれば陪審員に憐れみを受けるので返って弁護しやすいとやら聞いたが、偽りを持って人の憐れみを買うのは誠に気が進まない次第である。まして人を殺したと偽ることは唯考えるだけでも恐ろしい。 しかし今となってはこれも仕方が無いので、何もかも唯父の命に従おうとここに全く決心した。我が心がこの様に決まった上は、一日も早く予審を済ませ、せめて弁護人になりと会うことができる身となりたいと思えば、これから妾はただひたすらに判事の呼び出しだけを待っていたのに、判事は如何したのかこの日も、翌日も。翌々日も妾を呼び出さず、このようにして四日を過ぎた。

 数えると、先の夜に礼野判事に調べれられてから一週間目に当たる日である。午後の四時ごろになって初めて呼び出しがあった。我が命数も早やこれで先が知れるまで押し寄せたかと思うと、何となく心細いけれど、どちらとも決まらずに長引くのには勝だろうと、呼び出し人の後に従って又も裁判所に入って行った。

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