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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2013.1.24

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第四十四

 読者よ、妾(わらわ)の予審はついにし終結した。妾は既に手紙を送って父にそのことを言い送ったので弁護人の来るのも遅くは無いだろうと思って待つうちに、凡そ二時間ばかり経って彼(か)の弁護人大鳥法学士が入って来た。 妾は大鳥とこれまでに会った事もあり、言葉を交えた事もあるが、唯社交界で義理一片に言葉を交わしただけなので、もとより親密と言うわけではない。

 しかし今はこれ囚(とら)われの身である。弁護人の他に力と頼むべき人は居ないので、その顔を見て早や百年も交わったような思がし、父に会った時よりももっと嬉しい。この人には何もかも打ち明けて相談しようと思った。大鳥は無言のままで妾 の前に腰を下ろし、しばらくの間、深く憐れみを帯びた目で唯妾を眺めるだけ。

 これで推測すると、大鳥も真実妾を人殺しの罪に汚れた者と思っているに違いない。妾も何と言葉を掛けたら好いか。嬉しい事は嬉しいが未だ危ぶまれるところもある。先から口を開くのを待っていると、大鳥は先ず深いため息を突き、
 「嬢様、貴方はまあどうしてこの様な事になりました。」
と言う。

 (妾)どうしてだか自分にも分かりません。運が悪いととか言うものでしょう。
 (大)イイエ、どうして人を殺すようになりました。
 (妾)アレ、貴方までその様な事を仰(おっしゃ)って。もし人を殺したなら何も弁護は願いません。黙って死刑に処せられます。こうして弁護を願うのは、全く殺しも何もしないのに、殺したと疑われているからの事です。私が人を殺さない証拠は顔を見ても分かるでしょう。もし真実殺したのなら心が咎めて貴方の顔を見ることも出来ません。

 大鳥は又しばらく無言となり、妾の心の底までも見抜こうとする様に妾の眼を見詰めていたが、
 「イヤ、私もよもや貴方が人をなど殺さないだろうと思いましたが、唯貴方が池浚(さら)いと聞いて、逃げ出したのを見て、さては殺したのかと思いました。自分の身に罪が無ければ何故家を逃げ出しましたか。」
 (妾)「イヤ、それもこれも初めから申さなければ分かりません。貴方には露ほども隠さずに言いますから、長くても良くお聞き願います。」
と言ってこれから妾は村上を愛し始めた時の事から今が今迄の事を少しも洩らさず延べ終わると、大島は又深い溜息を発し、全くそれに間違いはありませんか。

 (妾)弁護してくださる貴方に向かい、どうして相違のある事など申しましょう。この上の真実は申し上げようがありません。これはお疑いなされるとは情けのうございます。
 (大)フム、そうすると村上を突き落としたのではなく、村上が自分で落ち、それを貴方は救い上げようと思って家の中に入ったけれど、あれこれするうちに神経病となりそれから全快した時には父に白状しようにも、村上を秘密に愛していた事があるし、それこれするうちに古池の浚えとなったから、村上の死骸が露見するだろうと思って逃げ、洲崎嬢のことは更に知らない。成るほど、こう言って見ると貴方には少しも罪は無いのですけれども、一つ困った事にはボタンと言う証拠があります。証拠に勝つ事はどうしても出来ない訳ですから、たとえ知らないにもせよ、貴方が殺したのに相違ありません。

 (妾)アレ又、
 (大)イヤア、ご自分では覚えが無くても矢張り判事の言う通り夢中になって殺したのです。こりゃもうどうしても殺しました。そこで弁護の工夫ですが何処までも覚えが無いと言い張るか、それとも覚えがあると白状するか、この所を一つ決めて置かなければなりません。覚えがあると言っても無いと言っても、どちらにしろ弁護の出来ない事はありませんが、しかし覚えが無いとすると何処までも神経熱病と言い張らなければなりません。

 神経熱病でまるで前後の事を忘れてしまい、第一村上を突き落とした事まで覚えていない。こう言わなければ聞く人が真実と思いません。ところが生憎なことには、今も判事に会い、予審調書を一読して来ましたが、貴方が幾度と無く村上の落ちた事を覚えているように言い立ててあります。こうまで言い立てた者が今更少しも覚えが無いと言い出しては誰でも、てっきり弁護人の入知恵だと思います。

 こう思われては終わりです。弁護人からして憎まれます。弁護人が憎まれてうまく弁護が出来たためしはありません。弁護の秘訣には、なるだけ人の疑っている方へ白状し、嘘でもよいから白状し、人の疑いをを満足させるのにあるのです。満足すればその反動が起こり、こうまで尋常に白状するからには、心は決して悪気はなく、必ず殺さなければならない事情があったには違いない。それにしてもこれほど白状してはとても弁護は届かないだろう。アア、可愛そうな者だと、このように思うことになります。

 その機を外さずにもっともらしい情実を作って説きだせば少々の無理があってもその無理が目立ちません。後で考えて見れば、あすこが少し無理なようだがと気が付く人も居ますが、後で気が付くのは恐れるに足りません。唯一時間か二時間だけ陪審員の心を動かし、無罪と言う罪案作らせさえすればそれで好いのです。

 一度陪審員が無罪と議決すれば後で検事が何を言おうが判事がどの様に疑おうが、それは恐れるに足りないと言うもの。唯一時陪審員を動かす他に、決して秘訣はありません。それに又陪審員はいずれも貴方の普段を知り、そうでなくても貴方を可愛そうに思っていて、その上に素人ですから、案外動きやすいのに決まっています。唯誠しやかに哀れっぽく持ちかければ訳は無いのです。」
と噛んで含めるように説き来る。

 しかし妾 はまだ心に落ちないところがあり、
 「でも、貴方、少しも覚えが無いのに、それをあるとは言えません。」
 (大)イヤ、これがね、村上の事を白状しないうちならまだ、村上の事からして覚えていないと言う言い方は立ちますけれど、既に村上の事を覚えていると言った上で、洲崎嬢のことを覚えていないとは言えません。言えば偽りと思われます。それに又、果たして貴方が覚えがないとならば、直ぐに病気の検査となります。

 貴方があの時、真実に覚えて居ないほどの病気であったか無かったか。それを確かめるには、貴方を取り扱った医師も証人として呼び出されます。無理な弁護をするには証人が少ないだけ利益です。一人でも増えるとその人の口から化けの皮が現れはしないかとそれだけ心配が増します。

 それに実は貴方を扱った医者にも既に会って話を聞きましたが、村上を落とした夜より後の病気は重かったが、前の病気はそれ程でなく、特に村上を落とした日などは全く普段の通りになっていたと言います。医師にこのような事を言われては、とても覚えが無いと言う言い立ては立たないでしょう。」
と言って一息ついた。

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