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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面1

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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   序説(一)

 
 30年のながい月日を鉄の仮面に顔を隠して送ったと言えば、人は誰が本当のことだと信じようか。だが本当にあったのだ。それもただ30年を暮らしたのではなく、世界中で最も恐ろしい大監獄、フランスのバスチューユの中に捕らわれて暮らしたのだ。
 仮面のままで病気にかかり、仮面のままで獄死したので、誰もその人が誰だったのか分からない。ここにそれが嘘でない証拠として、当時の牢番ジヤンカという人の手帳を抜き書きしてみる。
 
 1703年11月19日(月)のところに、

 いつも黒い仮面を被っていて、誰か分からないその囚人は、昨日の日曜に、例のように説教を聞いていたが、急に病気になり、それほど重い病気とも見えなかったのに、夜の10時頃になって、仮面のままで死んでしまった。長老ギロード師はその病の床の前で、いろいろ慰めたが、この人はもう死ぬ間際だったので、その身の上を長老にうち明けたかどうかは分からない。
 この囚人は監獄の所長セント・マールス氏がマーゲリットから連れて来た者だった。

 また、その後ろの行に

 あの誰か分からない囚人は、20日の午後4時に、サン・ポール寺院の共同墓地に葬られた。寺院の過去帳には少佐ロサルジ氏と医師レイル氏が囚人の名前を書き記した。何と書いたのかは分からなかったが、後で聞いたらその名前は、マーシェルと書いてあったそうだ。埋葬費は40ルーブルであった。

 300年も経た今となっても、鉄仮面の評判はまだ伝わっており、世界中の人が興味を持つのも無理はない。小説にさえもないこのような不思議な囚人が、本当にバスチュ-ユに居たことは上の証拠でも明らかだ。そこで、この囚人は、何時この大監獄に入れられたのかを調べてみると、同じ人の手帳の5年前のページに

 この程マーゲリットから転勤して来て、この監獄の所長になった、セント・マールス氏は1698年11月18日に着任したが、その時、護送駕籠に乗せた一人の不思議な囚人を連れて来た。この囚人は、はるか以前に氏がピネロルの監獄に勤めていた時から連れていて、名前も分からず、顔は鉄の仮面に包まれていたので、人相も分かっていない。私は監獄の中にある、バシニル塔の一番良い部屋を掃除して待っていて、鉄仮面が着くとすぐその部屋に入れたが、夜の9時頃に鉄仮面はバトデエ塔の南室に移された。この部屋は前から鉄仮面を入れるために、特別に上等に作って置いたものだった。この囚人には、初めから軍曹(後の少佐)ロサルジ氏が付き添っていて、全ての世話をしてやった。ただし、その費用は全て所長のセント・マールス氏が払っていた。

 今になって考えてみると、この珍しい囚人がバスチューユの牢に居たのは5年ほどだが、ピネロルからマーゲリットに移され、そこから中央大監獄バスチューユに入れられた全ての年月は,30年になると言われる。その間、鉄の仮面をはずさなかったので、この人の生涯は、生前も死後も全て謎に包まれていて誰も分からない。だからと言って、誰もその身分を調べなかったから、分からないのではない。この人が死んでから、調べられる限りは調べたのだ。

 何分にもあまりに不思議なことなので、必ず、深いわけがあるはずだと思って、その後、1789年7月14日、バスチュ-ユ大監獄が打ち壊されたとき、フランスの歴史家、小説家、文学士などがこの大監獄の日誌に必ず鉄仮面の実伝があって、その捕まえられた時の様子やその人が誰なのかなどは勿論、その罪は何かまで書いてあるはずだと思って、すぐにバスチューユ大監獄に行って、その日誌を取り出して、委員を選んで十分に調べたが、残念なことに鉄仮面が入牢した当日のページと、死んだ日のページはきれいに破りとられて無くなっていた。

 このことからも、鉄仮面が普通の囚人ではなく、当時の政府のために隠さなければならない、大きな秘密だった事が分かる。それで今では調べる方法は全くない。当時の政府は千年の後までも、この秘密が知られないように用心し、監獄の日誌も破いてしまったものと思われる。

 涙香は、この序説は鉄仮面がどんなに不思議な事なのかを知らない、我が国の人々に対しては、省くわけにはいかないと言っている。

更にもう一回、序説(二)を書き、それから本文に取りかかると言うことだ。

次の序(二)はここから

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