鉄仮面136
鉄仮面
ボアゴベ 著 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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第百二十六回
毒薬の計画が既に実行されたからには、鉄仮面が遠からずバスチューユから出されることは確実である。鉄の仮面をかぶされたまま、三十年のつらい月日を厳しい牢獄に閉じ込められ、ようやく年期が明けてこの世に出されたときは、その身が死人となった後で、牢の中に葬ってあったものを、更に地の底に埋めるためにだった。
世界に二つと例の無いこの不幸極まる人が、我が夫のモーリスではないかと思うと、バンダはほとんど涙も出ず、しばらく無言で控えていると、そばからブリカンベールは、コフスキーを席立て「サア、コフスキー、お前はこれからが重要な時だ。鉄仮面がいつ死んで、いつ葬られるか、それを見落としてはならないから、早くバスチューユに帰った方がよいだろう。」
コフスキーは立ち上がりながら「それは何よりも簡単なことだ、だがセント・マールスに疑われるといけないので、どれ、帰るとしようか。」バンダはようやく口を開き、「では、コフスキー、葬式が分かり次第、すぐに知らせておくれ。」コフスキーは承知して立ち去ったが、この翌二十日の朝になって、バンダがようやく起き出した頃、コフスキーは再びやって来た。
「いよいよ今日の午後この裏手にある墓場の隅に葬ることになりました。これをご覧ください。」と言って一通の手紙のような物を差しだした。バンダは受け取ってこれを見ると、監獄所長セント・マールスからこの教会の長老ギロード師に宛てた通知書の様なもので、その文には「あの囚人をいよいよ貴教会の墓地に葬ることとします。葬儀の費用は四十リブルでお願いしたいと思いますので、そのつもりで御用意お願い致します。」
「葬儀は小佐ロサルジ氏と下役レール氏が執り行い、死亡登録にもこの二人を立会いさせますので、そのつもりで囚人の本名を記録して置いていただきたいと思います。囚人の本名はmarchielと申します。」とあった。
バンダは読み終わって「何、囚人の本名はマアチェル」と驚き叫び、もし自分の目の見誤りではないかと言うように、再び読み直し、「コフスキー、これが鉄仮面の葬儀に間違いはないのかい。」
「何で間違えますものか。ほかに今日葬る死人は有りません。それに、ロサルジ氏が先ほどもセント・マールスに向かって、仮面のままで葬るのは、余りに可愛そうではないかと言いました。そうすると、セント・マールスが、なに、生きている中さえ仮面をかぶせられていたのです。死んだ後で仮面のまま葬るのが、何で可愛そうなものですか、政府の厳命で、死んでも仮面のまま葬ることに、初めから決まっていると答えました。」
なるほどマアチェルと言うこの葬式が、鉄仮面の葬式に間違いはない。鉄仮面の本名がマアチェルだとすれば、彼はモーリスでもオービリヤでもないのか、とすれば自分は身も名前も知らない、何でもない赤の他人を、今日まで三十年もの間、モーリスかオービリヤのどちらかだと思い、救いだそうとしていたのか。バンダが顔色が変わるほど驚き惑っていると、コフスキーはこの事を察して「なーに、事によるとモーリス様が初めて捕まったとき、自分の名前はマアチェルだと言ったのかも知れません。」
「或は又、、セント・マールスが好い加減な名前を付けたのかも知れません。何しろ今日の午後四時に葬りますから、今夜掘り出せば分かることです。魔が淵で捕らわれた一人が、そのまま仮面をかぶせられたことは、貴女も私もペロームの砦で見ただけでなく、その時のナアローの言葉でも分かっています。決して、モーリス様かオービリヤ以外有り得ないのです。貴女が国王から聞いた言葉でも明かではないですか。」なるほど、考えてみれば十分明白であった。
セント・マールスがどの様な名前をこの手紙に書いたにしても、鉄仮面はモーリスの外には有り得ない。もし、間違ったとしてもオービリヤである。それも今夜堀だして調べることになっているので、今から怪しんでもみても仕方がないことだと、バンダもようやく自分の心を鎮(しず)めてその通知書を元のように畳んで、コフスキーに渡したが、いよいよ、この日の午後になってバスチューユからこの教会に、一個の棺を送ってよこした。
担ぐ人足は四人でコフスキーがこれに付添った。なお、「制服」を着た二人の士官が、前後を見張りながらやって来たが、それはロサルジとレールの二氏だった。バンダもブリカンベールも物陰から眺めていると、棺は先ず教会に入れ、ギロード師が型どおり祈りを捧げ終わると墓地へと運んで行った。
これから夜に入りその墓を暴くまでには、わずか数時間の時間しかない。
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