鉄仮面57
鉄仮面
ボアゴベ 著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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第四十八回
鉄仮面を救い出す相談がまとまってから、バイシンの知恵とオリンプ夫人の金で全てがうまく行き、いよいよ救出に取り掛かる日になった。
今日は九月の第四日曜日でバスチューユの囚人達が、全員監獄内にある説教室に集められて、キリストの教えを聞く日だった。バスチューユの規則は厳重だったが、日曜日だけはその部屋から出され、二時間位説教を聞かされるのが、昔からの習慣で、どんな囚人もこれだけは禁じられることが無かった。
それであの鉄仮面も今まで日曜日の度毎に第二塔から引き出され、大庭を歩いて説教室に連れて行かれたが、ただ彼は他の者と違い、国家に取って大事な囚人なので、特別に四人の番人を付けられた。この四人が二人ずつ交代で彼を連れて行くことになっていた。
この日その順番に当たっていたのは、ルウとブウと言う二人の牢番だった。この二人にも本名は有るが、長い間、牢番を勤めていたので、何時しか、本名を縮めてルウとブウと言う便利な符号で呼ばれるようになっていた。
彼らは朝の九時の鐘とともに、第二塔の出口に来て、他の囚人が皆説教室に送られた後まで控えていて、何かを話し合っていた。 「え、どうだ、鉄の仮面をかぶせられるとは、本当に不思議な囚人だと思っていたが、とうとうその理由が分かった。あれはオリンプ夫人の情夫(じょうふ)だよ。」「そうさ、情夫だからオリンプ夫人があの通り気をもんで我々に品物を頼んだのさ。しかし、今日の役目は難しいな。牢から逃げ出す秘密の道具を鉄仮面に渡している時、もし、所長に見つかったら大変だ。」
「なに、そんな心配はないよ。鉄仮面はただ一人、説教室の二階の一室に入れられるのだから。二階の廊下で右と左から渡しさえすれば、誰も知るはずはない。彼を二階まで送り、又二階から連れて来るのは、我々二人だけだから。」と話す丁度その時、説教室の方から又二人の番人が来て、ルウとブウの前に立ち、二人と同じく、鉄仮面を待つように身構えた。特にこの二人はルウとブウと同じく、初めから鉄仮面に付けられた番人で、今日は非番に当たる者達だった。
非番の者が呼ばれるとは、さては我々の悪事がすでに所長に疑われているからかと、二人は顔を見合わせたが、ルウは悪事に慣れている者らしく、なに食わぬ顔で非番の二人の方に寄って行き、「これ、これ、お前さんがた、日を間違えてはいけませんよ。今日はおれたち二人の番だ。お前さんがたは非番ではないか。」と遠回しに聞くと、非番の一人が振り向いて、「なに、この二、三日前から鉄仮面の囚人が又一人増えたからさ。」
ルウは驚き「何だ。鉄仮面が一人増えただと。それでは二人になったのか。」「そうさ、そのため今日は俺たち二人も呼び出されたのさ。」ルウは不機嫌な顔を隠さず退くと、その時所長ベスモーが中から鉄仮面を連れて出てきた。これが今までの鉄仮面か、新しい鉄仮面かとルウとブウ二人はやたらに目をこすったが、服はどの囚人も同じ水色の広い着物で、頭は鉄の袋で包んでおり、同じ格好なので見分けることが出来なかった。
それで、最初にこの鉄仮面を受け取ろうと思って、その側に寄ろうとしたが、所長は非番の二人を招き、すぐに手渡してしまったのでどうしようもなかった。その内に所長は次の鉄仮面を連れてこようとするように戸を締めて奥に入っていった。非番の二人は受け取った鉄仮面を左右から引き立てて、説教室の方へ連れ去った。
二人は空しくその後を見送っていると、この鉄仮面は背が高く、歩き方もしっかりしていて、何となくすばしっこく見えたが、ただ、彼は久しぶりに太陽を見ながら、顔を直接太陽にさらすことが出来ないのを残念に思うように、何度か顔を空に向けながら引かれて行った。
後に残ったルウはブウに向かい「困ったなあ。どうしよう。」「もう、この仕事を止める以外にない。苦労して折角品物を渡したところで、人が違っていたら何にもならない。オリンプ夫人は自分の情夫を待っているのに、情夫で無い者を救い出しても、うれしいとは思わないだろう。褒美の金もお流れに決まっている。」「しかし、折角、運が向いてきたのを取り逃がすのは残念だなあ。この様な時にもうけて牢番の足を洗わなければ、一生牢番を止める事が出来ないぞ。」
「それはそうだ。ええ、間違ったらその時はそれまでとして、やって見ようか。我々の約束はただ、鉄仮面の囚人を救うと言うだけで、オリンプ夫人の色男を救うと言う約束ではない。どっちでも鉄仮面だからこの品を渡せば良いのだ。」「そうだ、ただ二人の鉄仮面だから当たるか当たらないかは半々だ。当たれば何も言い訳はいらない。」
「俺の考えでは、非番の者を呼び出したのは、多分、新しい鉄仮面のためだと思う。我々が、今までの鉄仮面を今日連れて行くのは、前から決まっていたのだから、何もその順を変えて非番の者に今までの鉄仮面を渡すはずはない。」「そうだそうだ、我々のが今までの鉄仮面だよ。それに又念のためだ。前からオリンプ夫人に言いつかっている通り、二階の廊下に行ったとき、鉄仮面の耳に口を寄せ、これはオリンプが送るのだと、こうささやいて見れば分かる。
夫人の情夫なら、それを聞いて少しも怪しまないだろう。もし、理解が出来ずに怪しむようだったら、人違いと断念して品物を渡さずに止めるのさ。」「ああ、そうだ、そうだ。そう試して見れば大丈夫だ。」と相談がようやくまとまったところに、ベスモーは又一人の鉄仮面を連れて現れた。