巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

四十五、天の口、天の手

 「紙の焼け残った部分の文字で大体の推量はできたけれど、なおも俺は紙の広さや文字の綴りの長短などを測り、非常な苦心でついに一字残らず知る事ができた。先ずこの二片紙切れ継ぎ合わせて読んでみろ。」と言い、法師は紙切れ二枚を友太郎に渡した。友太郎は下のように読み下した。

  余は一四八九年四月二十五日・・・・法
王殿下より陪食を命ぜ・・られたる
も余はカブラヲ、ベン・・・・チボグリ
ョと同じく毒殺せ・・られ我が祖先
以来の財産を没・・・・収せられしこと
を恐る。余の一・・子ギドウ・スパ
ダよ、余が亡き後・・にて汝独りモ
ント・クリスト島に行・・きかって余
が汝を連れ・・・・・・行きて示したる
彼の巌窟の中・・・・・を捜索せよ。

 この家の宝一切を余・・・・は密かに彼
の巌窟の底に埋め・・・・置り而して
この宝は先・・祖以来積み来りしものにし
てローマの金貨にて凡そ二・・・・百万クラ
ウンあり。彼の島の東・・・・端なる
岩角に上陸し海・・・岸に添い左に曲
り最も遠き・・・・所に見える最も高き
岩の頂を一直線に眺・・・・めて進めば

第一の穴を経て第二の穴・・・・に達す
るは汝の知・・・・れる如くなり。金貨
の外に生金、生・・・銀、珊瑚、宝石
夜光・・・・珠、先祖以来の一切の高
貴なる装飾・・・品、美術品等を合
せ七個の大箱に・・・・納め、穴の中な
る地底に埋・・・・まれるなり。汝の外

に余の遺・・・・産を争う者なしといえど
も念の為余は宣言す・・・・・余の一子
ギドウ・スパ・・・ダが余の相続者な
り。余の残し・・・・たる財産は総て
彼一人の所有に属する事を・・・・・

 読むに従い友太郎は、梁谷法師が決して発狂でなく、その言う宝が、確かな根拠に基づいていることを知った。実に驚かずには居られない。法師が始めて紙燭(しそく)に文字が現れた時に驚いたのと凡そ同じほどに驚いた。

 法師;「どうだ、友太郎、まだ、疑いが残っているか。」
 友太郎は詫び入るように、「今まで疑ったのはすみません。」
 法師;「ナニ、疑いが解けたらそれで好いがーーー」
 友太郎;「シテ、貴方は、この書をこのとおり解釈して、それから何となさいましたか。

 法師;「直ぐにモント・クリスト島を指して出発したのだ。けれど、余り人目をひいては行けないから、俺は極秘密に出発したが、それが悪かった。前から目をつけていた探偵が、俺の出発の仕方を怪しみ、」追いかけてきて、俺を捕らえ、矢張りお前の場合と同じように、大した取調べもしないで牢に入れた。」

 友太郎;「それから今まで引き続きーーー」
 法師;「そうさ、まだモンテ・クリスト島に達しないうちに捕らわれて、この通りの有様だ。」
 友太郎;「それは、きっと残念であったでしょう。」

 法師;「俺の残念は察してくれ、もっとも俺はスパダに仕える以前から、著書や檄文のため極めて過激な革命家と信じられ、色々重大な嫌疑を受けているのだから、つかまった時にもう、終身牢に置かれるのだと思った。それだからどうか、この身の自由を買いたいと何度もこの大金のことを言うけれど、かえってそれがため狂人と認められ、イヤ、今思うとかえって幸いであったかも知れない。狂人と思われたために、お前にこの宝を伝える事が出来るのだ。

 友太郎;「エ、私に」
 法師;「勿論さ、半分はお前の物だと約束をしたではないか。しかし俺はこの通り、片腕の全部と片足の一部分が不随になって、最早牢を抜け出す見込みも無く、遅かれ早かれ、ここで死ぬに決まっているから、その場合には、宝の全部がお前の物だ。」

 友太郎:「私のものと言っても、私はその大金や宝に対し何の権利も有りませんが。」
 法師;「無いことはない。この俺の子ではないか。時々俺を父と呼ぶではないか。俺がお前を相続人に定めるから、お前の権利が生ずるのだ。」

 土牢の中に居て相続人を定めるとは実に異様に聞こえるけれど、梁谷はどうしても彼の大金に対して相続人無しには死ねないというほどに思い詰めている。そうして更に言葉を継ぎ、
 「たとえ、相続人を定めないとしても、主の無い宝は発見した人の物になる。俺が死ねばお前の外にこれを見つける者は居ないから、何が何でもお前のものだ。

 けれど、ここで明らかに俺の相続人と定めて置けば、他日その宝を使うにも、気が咎める事所が無く、安心して使えるだけ好いだろう。」
 友太郎は真にその心情を有り難く感じた。けれど、その宝は、何時牢を出られるとも分からない身には、手の届かない物である。相続と言うのも名ばかりで、お礼を言う張り合いも無い訳だ。

 法師はその気持ちを察したか、「コレ、友太郎、俺が何時も言っている神意とは、ここの事だ。俺がこの牢に入ったのは、神が俺をお前に会わせるため、お前がこの牢に来たのもーー矢張り俺に会わせ、お前の手をもってこの宝を何かの道に使わせるためである。」

 「天に口なし、人をして言わしむ。天に手なし、人をして行わしむ。天が今まさに、俺の口を借りてお前に宝の所在を教えている。 他日お前の手をもって、この宝を使わせる神意であるのだ。俺は断言して置く。お前は神の助けにより、この牢を出る様な時が来る。」

 「その時には成る程梁谷法師の言う通りだと思い、宝を何に使うという神の意も自ずから納得が行くから、決して手の届かない宝だと、あだに思う場合ではない。神の恩を感じなければならない。」 深い信心の心をもって熱心に言い聞かされ、さてはその様なものかも知れないと、友太郎は我知らず頭が下がった。

第四十五回終わり
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