gankutu57
巌窟王
アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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史外史伝 巌窟王 涙香小子訳
五十七、一廉(ひとかど)の紳士となって
地中に埋めて有る宝を掘り出したという例は昔から幾らでも有る。ほとんど各国各時代にあるだろう。けれど、その全てを集めたところで、友太郎が今このモント・クリストの島で掘り出した宝には及ばないだろう。
偶然に掘り出したのではない。三百年来スパダ家で、これの為に全国屈指の学者まで雇って探した宝である。それがスパダ家の滅亡とともに正当に梁谷法師に伝わり、梁谷法師が死ぬと共に又正当に友太郎に伝わったのだから、たとえ誰が掘り出しても、または掘り出さなくても、友太郎の物である。友太郎がこれを掘り出したのは全く年に積み重ねれば三百年、人数を言えば何十人の、調査に調査をした最後の結果というものである。
友太郎が開いた箱は純金の入っている分であった。中から発する黄色の光に彼は目を射抜かれたかのように叫んだが、驚きか喜びか、ただ彼の心は騒ぐだけである。何度か彼は穴の外、穴の内に走り出、走り入ったか知れない。
人は居ないかと島のいたるところを眺め、もし船が近寄りはしないかと海全体を見渡した。そうして最後にいよいよこの宝を数えようとした時には、何だか目がくらむような気がして、宝の前に尻餅をついて、ただ太く息をつくだけであった。
このようなことでは成らないと、自分を励ましもし、又梁谷法師の事から、その言葉から、この宝の来歴や、前から思い定めたこの宝の使い道などをも考えなどして、ようやく心が定まったが、中々数え切れるような数ではない。
純金はほとんど今鋳直した物かと思われるほど新しい延べ板になっていて、延べ板一本の目方が、小さいのは五百匁(1.5kg)もあるだろうか。重いのはその二倍から三倍にもなるらしい。大小を取り混ぜて三百本までは数えたが、まだ中々底は見えない。
なお外に埋まっている中の二箱を開けて見た。一箱は金貨である。一箱は珠玉宝石である。金貨も宝石も数え切れないけれど、宝石の方は両手ですくって十杯まで汲み出して見たが、何処までもダイヤモンドやルビーのような貴重の貴といわれる類である。
遺言書にあった七箱を全て今掘り出すことは出来ないけれど、兎も角その七箱が無事に残っている事だけは、ツルハシの先で少しずつ掘ってみて突き止めた。梁谷法師の推量では多分今の金にして2000万円(現在の日本の通貨で2000億円)はあるだろうとの事であったが、確かにその数倍にも上っていそうだ。
このような事をしている間に又日が暮れた。友太郎は一夜を宝のそばで明かしたが、たとえ無人の島ではあっても、心配は一通りではない。心配というより恐ろしいのだ。恐れるはずは無いけれど、恐ろしい。ほとんど友太郎の生涯にこれほど恐ろしい一夜はまたとないと言っても良い。眠ろうと思っても眠りが来ない。
翌朝は珠玉を二掴(つか)みほど自分のポケットに入れ、その他の宝は全て元に収めてしまった。純金や金貨などは人に知られないように千円(現在の1千万円)と持つ事はできない。ただダイヤモンド、真珠、宝石の類なら一握(ひとにぎり)でも大きな財産である。
これであの密輸船がここに寄港するまでに、巌窟(いわや)の内外を元の通りの状態に復元しておく事に決めた。全くの元通りには出来ないけれど、なるたけ人が見ても分からないように、箱にも土をかけて、その上を踏み固め、鍵の穴も石や土で修繕し、穴の入り口から、入り口の外の茂みまで、十分に注意しながら出来るだけ補修した。
破って入るのには唯一日で充分だったけれど、元の通りに見せかけるには、五日ほど掛かった。そうして、もうこれで良いと思う頃、密輸船が帰って来た。
船長も水夫一同もこの一航海で非常な大儲(もう)けをしたと言い、非常に喜び合っている。そうして、友太郎がこれに加わる事が出来なかったのを、気の毒なように、誰もが言った。そして、その一人前の分け前を聞くと、一番低いものでさえ、五十円(現在の五十万円)、役の高い者は百円(現在の百万円)近くにもなったとのことだ。
全て密輸船はその水夫に幾らか株主の様な権利を持たせ、役に応じて配当をするのだ。友太郎はうらやむ様子を見せかけていた。けれど、心の中ではおかしいように感じた。自分の懐に入っている、豆粒ほどの珠玉一個が水夫と船長との儲けを合わせたのより多いのだ。
更に友太郎は怪我の痛みがまだ十分には直っていないような振りをして船に乗り移った。実はもう契約の三ヶ月が切れる時であるのだから、再契約をされないような用心も兼ねている。
これから船が又元のレグホーンに着くや否や、彼は上陸し、先ずイタリア人の開いている質屋に行き、珠玉のうちで一番小さい五個を選び出し、売りたいと申し込んだ。イタリア人は目を光らせ、一個を二千五百円(2500万円)づつに買い取った。
少しも珠玉の来歴などを聞きはしない。自分もこれを買った為に千円(1000万円)ほど儲かるのだから、あまり問いただして、買う事が出来ない不正の品物とでも分かるのが恐ろしいのだ。その上に更に、「このような質の珠玉ならいくつでも買います。」と言い足した。
二日の後には友太郎は、水夫ではなく一廉の紳士となって、船へいとまごいの為に帰り、急に縁類の遺産を相続して金持ちになったので水夫を辞めるのだと披露した。
船長はどうかして引き止めようと莫大な増給の約束など持ち出して引き止めようとしたが、もとより効き目はない。
水夫一同へも、彼らにとっては驚くべきほどの置き土産を与えた。水夫の中にジャコボというイタリアの男が居た。この男は初めて友太郎がこの船に救われた時から、深く友太郎の技量や人となりに敬服して、友太郎の為になる事は何でも先に立って勤めるようにしていたが、友太郎の方でも、後に充分正直な腹心の手下が必要だと思うため、三月の間に、機会さえあれば、この男の気質を試し、ほとんど犬よりも正直で、丁度犬がその飼い主に忠義なように、友太郎に忠実な事を見抜くことがで来た。全くこの男ならば、何の秘密を託しても安心な者である。
先ずこの男をと思い定め、翌日友太郎は小船一艘を買い、それに金百円(今の百万円)を添えて、与え、「ジャコボや、俺の雇い人となり、この船の船長と成ってくれ。」と頼んだ。ジャコボの喜びは非常に大きなものだった。犬ならばどれほど尾を振ったことだろうと怪しまれるほどの様子で、深くその恩を感謝し、「どの様な仕事でもいたします。」と誓った。
早速友太郎がこれに言い付けた用事は、「直ぐこの船でマルセイユに行き、今から十四、五年前、アリ-街に住んで居た、団友蔵という老人の事、及びスペイン村に住んでいたお露という女のその後の成り行きがどうなったかを聞いて、直ぐにモント・クリスト島に帰えって来てくれ。」というのであった。
第五十七回終わり
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