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決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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    決闘の果   ボア・ゴベイ 作  涙香小史 訳述
         
      第三十四回 毒婦?

 小林は徐(おもむ)ろに説き出だし、
 「先ず第一に目を着けなければ成らない所は、今夜公証人からの
贋手紙を作って君を芝居から誘(おび)き出した一件だ。之は何の為だと思うか。一寸考えれば、夫人をを殺す為に、君が傍に居ては邪魔だから、夫人と君を引き分ける計略と思われる。僕も初めはそう思ったけれど、又深く考えて見るとそうでは無いようだ。

 馬の耳へ弾丸を入れ馬を走らせ、車を転覆させて殺すには、君が夫人と相乗りをして居ても差し支えは無い。相乗りをして居れば君も共に死ぬか怪我するかと言うだけの事。決してそれが為に夫人が助かると言う筈はないだろう。」

 大「成るほどそうだ。馬車で殺すには、何も僕を邪魔にするには及ばない事。僕も一緒に殺せば好いのだ。」
 小「サア、それなのに君と夫人とを引き離したと言うのは何う言う訳だ。即ち曲者の心の中には、夫人を唯一人殺して、君を生かして置きたいと言う考えが有るのだ。」
 大「フーム、けれど曲者が僕を生かして置き度いと望む筈は無いが。」

 小「イヤ有るよ。大有りだよ。君は自分では気が附かずに居る様だけれど、僕はもう悟って居る。驚きたもうな。アノ森山嬢が君の妻に成り度いと思って居るぜ。君を愛するのか、もしくは君の財産を愛するのかは知らないが、兎に角君の妻に成り度いと思って居る事は確実だ。
 僕は既に春村夫人が君と婚礼の約束をしたと言って、森山嬢に知らせた時、嬢の目に現れた嫉妬の色で見て取った。実に物凄い目付きをした。」

 ここに至って大谷も、桑柳が死に際に、
 「嬢ハ君を愛して居る。」
と言い残した彼の一言が、さては嘘言(たわごと)では無かったかと、初めて心に悟りつつ、
 「フム、成る程、嬢の心にその様な目的が有るのかも知れない。」

 小「知れないどころか全く有るに極まって居る。この目的が今まであった色々な事件の原因と成って居るのだ。桑柳が殺されたのも、古山が象牙の机を買おうとして僕と競争をした事も、遺言状が無名の手紙で公証人の所へ届いたのも、今夜春村夫人が怪我をしたのも、全くこの目的に出る事だ。詰まり森山嬢が何の様な事でもして、君を夫に仕度いと言う一念からする業だ。」

 大「でも君、女の業でナニ、嬢がその様な事をするものか。」
 小「するよ。するよ。女の一念ほど恐ろしい者は無い。一旦決心した上は、何の様な難しい事でも企て通す事は、男より根強い事が有る。」

 大「それは事柄に由り根強い場合も有るだろうが、それにしても嬢のする事とは決して受け取れない。若し本多満麿の仕業とでも言うならば、まだしも信(まこと)と思われるが。」

 小「本多の仕業は即ち嬢の仕業サ。こう言えば驚くだろうが、僕の目から見れば、嬢と本多は余程親密な間柄だ。世間へは敵味方と見せて居るけれど、実は嬢が本多を使って居るよ。尤も嬢と本多とが、色欲的の関係で有るか金銭的の関係で有るかそれまでは分からないけれど、兎に角も嬢が本多を使って居ること丈は間違いない。
 それで又本多が古山禮造を使って居るのだ。
 この様にして考えれば何から何まで残らず分かる。」

 大「分かるとは何う分かる。」
 小「今も言う通り、決闘以来の事が残らず分かるのサ。今まで実は君にも話すべき時節が来ないから隠くして居たが、アノ決闘と言うのが全く不正の決闘だぜ。手も無く桑柳を謀殺したのだ」

 大「謀殺とは言はれないのサ。兎に角介添人を立て、規則通りに戦ったから。」
 小「イヤ少しも規則通りでは無い。その訳と言うのは、桑柳が死んで君が人足と釣台《担架》とを探しに行った後で、僕は決闘の場所から一つの木の弾丸を拾い上げたがーーー。」
と言って、彼の古山禮造の手際で真の弾丸と木の丸(たま)とを摺り替えた事から、短銃(ピストル)の傍(そば)に手探りで分かる為め、釘が打って有った事を、事細かに語り終わると、大谷の驚き方と言ったら並大抵ではなく、

 「その様な事が有ったのなら、何故アノ時に警察へ訴えない。」
 小「そうはいかない。警察へ訴えた所で、若し僕が古山を誣告(ぶこく)《他人を罪に陥れる目的で虚言を申し立てる事》していると認められては仕方が無い。本当に古山が之を込めたに違い無いと言う証拠も無く又僕が全く戦場で拾ったと言う証拠が無いから。」

 大「でも僕だけには知らせそうな者じゃ無いか。」
 小「イヤ君の心が際立って居る時だったから、知らせては短気に迫って、何の様な事をするかも知ない。僕は充分原因を探った上で話す積りで今まで無言(だま)って居ながらも、油断なく調べて居たのだ。」

 大「ナニ調べることが有る者か。調べる必要があるものかどうか原因は分かって居るじゃ無いか。本多が自分の身は傷を附けずに敵を殺そうと思ったから、古山と計って木の丸を用いたのだ。」

 小「そうでは無い。未だ深い原因が有る。それは外でも無い。今言う通り、森山嬢が君を夫にする一念だ。その次第を言えば、嬢はアア見えて大の毒婦だ。最初に君を見初めたけれど、君が知らない顔をして居るし、その内に桑柳から縁談を申し込まれたから、是も君を引き入れる用意の為仮に承知したのだ。承知して桑柳を蕩(とろ)かせ、桑柳が夢中に成って、
 『夫婦になった時には、財産もお前の物だ。その証拠は今から遺言を認め、何時死んでも好い様にそれを机の脚の秘密箱へ入れて置く。』
と言ったのだ。

 この言葉を聞くと嬢は安心し、元々から真実夫婦になる気は無いのだから、もう一刻も早く桑柳を殺してその財産を手に入れ、その上で君と夫婦になる計略を運ぼうと、こう思ってその心を本多に吹き込み、一方では本多の口から桑柳を立腹させ、又一方では自分の口で君を愛して居る様な事を匂わせたのだ。

 桑柳は嬢が自分を愛さずに、親友の君を愛して居ると見て非常に失望してしまう。その矢先へ本多から遠回しに喧嘩を吹き掛けられたから、嬢の謀り事に掛かるとは知らず、直ぐに決闘の約束をしたので、本多は得たり畏しと桑柳を殺したのサ。

 サア桑柳は殺したが未だ嬢の為には春村夫人と言う大敵が有るので、浮か浮かすると夫人に君を取れそうだから、又本多に夫人の名誉を害させる手筈に、或いは同じ青塗りの馬車を作り、公園で以て夫人と本多とが逢引きをする様に見せ掛けさせる、様々の手段を尽くさせたのだ。

 今から思えば、嬢が一生絵を書き、細工を売って身を送ると言ったのも実は春村夫人に雇われ、君にしばしば逢って君と夫人との間を割く為めで、又た本多が夫人の後ろ裏の鍵を持って居たのも怪しくは無い。アノ門番は嬢の家の取り次ぎをして居た男だと言ったろう。門番が既に味方だから、鍵を得るのは訳も無いのサ。」

 大「成る程旨い考えだが、それにしても遺言状の一条は。」
 小「サア遺言状の一條が最も大切な証拠になるのだ。アノ遺言状が机の足に在る事は嬢より外に知る者は無く、又倉場嬢を欺いてその遺言状を取り出したのも本多だから之で大抵わかって居る。

 嬢の積りでは、兎に角アノ遺言状を世に出して、その上で桑柳の財産を受け取らないとこう言えば、心根の立派な女と思われ、君の心を動かすで有ろうし、それで首尾好く君の女房に成れば、君の財産は桑柳の財産の十倍も有るのだから、桑柳の財産を捨てたとしても惜しくは無い。若し又それも君と夫婦になれなければズルズルと桑柳の財産を受け、それを以て誰とでも婚礼する気サ。それだから口では立派に受け取らないと言い切っても、未だそれだけの手続きをせずに有るだろう。」

 大「成る程そうだ。その通りだ。」
 小「所がここまで旨(うま)く遣ったけれど、その骨折りが無駄と為り夫人は君と夫婦約束をしたのだから、もう夫人を殺すより外には君と夫人の間を割く工夫は無いと早くも見抜いて、もう直ぐに非常の手段を用いる事に成り、その日限り夫人の家を去り、今夜の馬車の一条を仕組んだのだ。是でソレもう何から何まで残らず分かったでは無いか。」

 大「成る程分かったけれど未だ確かとは云われないよ。第一に本多が桑柳を殺したのは、嬢の依頼だと言う証拠と第二に馬車転覆も嬢の謀みだと言う証拠が上がらなければ、僕は未だ君の議論を真実だとは思わない。」

 小「そうだな、その二つの証拠さえ有れば申し分無しだけれど、ナニその証拠が無いにしても、こうより外に説明の仕方が無い。今に見給え、其の二個(ふたつ)の証拠も何所かから出て来るから。」
と小林は請合う様に述べ立てた。

 若し小林の推量が当たっているとすれば、森山嬢こそ実に恐るべき毒婦に違いない。
 毒婦か淑女か今は唯だ二ツの証拠を待つのみである。


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