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島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百二十三) 閉め切った室の中
網守子が此の家に来たのは、江南を責めるのと、路田梨英の居所を問うのと二個の目的であった。江南を責めることは責めたけれど、イヤ殆ど責め過ぎる程に責めたけれど、未だ梨英の居所は問うていない。何うも応答が余り激しくなったので、其れを問う場合も無さ相であるし、又問うたとて、江南が正直に答え様とも思われない。其の中に戸の錠がピンと卸されたのである。
是には網守子もハッと思い、胸に何と無く恐ろしさの襲い来るのを制し得ない。
「貴方は戸に錠などを卸して、何を為さるお積りです。」
と鋭い言葉で問うた。江南は今までと打って変わって、此の上に落ち着き様の無いほど落ち着き、顔に嬉しそうに笑みを浮かべ、
「網守子さん、網守子さん。」
「私を網守子さんなどと狎(な)れ狎れしく呼んで下さるな。」
「結婚まで申し込んだ中ですもの、他人行儀には及びますまい。けれど、お気に召さ無いと有れば、寒村嬢と言いましょうよ。」
網「貴方は戸に錠などを卸(おろ)せば、それだけで侮辱ですから。」
江「今更私が侮辱しませんと言った所で、成る程とは仰(おっしゃ)るまい。けれど寒村嬢、この侮辱は、私が加えるのでは無く、貴女が自ら招いたのですよ。」
「貴方は実に悪人です。」
と網守子は叫んだ。
江「そうです。貴女に悪人と思われて居る事は、今までのお言葉で良く分かって居ますがーーーー。」
網守子は、もう江南の言葉を聞いている程の我慢が無い。
「何で私が此の侮辱を招きました。私の行いが、何時此の様な無礼を許しました。何も言わずに戸をお開きなさい。」
江「イヤ、此の部屋で命令するのは、貴女では無い私です。此の部屋に居る者は、総て主の言うことを聴かなければ成りません。網守子さん、いや寒村嬢、誰が貴女を此の部屋へ引き入れました。貴女は保護者さえも無く、御自分から此の部屋へ入ったでは有りませんか。
未婚の処女が、未婚の男子の一人住居(ずま)いに、伴も連れずに入り来るとは、それだけで自ら侮辱を求めて居るのです。
私が何事を言わなくても、世間の人は何と思いましょう。たとえ貴女が私の結婚の申し込みを退けたと言った所で、世間から見れば、恋人同士が喧嘩して、一旦は破裂したけれど、女の方が思い直して、又恋しさに堪(た)えられない為、仲直りを求め、侘(わ)びの心で私を訪ねた者としか認めませんよ。
況(ま)して、此の通り錠まで卸せば、二人が喧嘩していようとも、そうは見えません。
今に誰か訪問客も有りましょうが、其の人が外から戸を叩き、愈々そうと思い込めば、網守子と江南の仲直りと云うことが、直ぐに世間の噂になりますよ。」
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