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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面41

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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           第三十二回

 バンダとコフスキーがこの様に語り、かつ嘆いている丁度その時、表の通りで変な音がしたので、風の音にさえ警戒する今の身の上なので、二人一緒に窓から顔を出し、何事が起こったのかと伺い見ると、ブリュッセルからパリを目指して進んで行く一両の馬車だった。これに乗っているのは、あのオリンプ夫人と一人の女だったので、バンダは思わず「アレー、オリンプ夫人」と驚き叫んだ。コフスキーも「オオ、バイシンも一緒で」と声を出した。

 察するに、オリンプ夫人は先日、男爵アイスネーの知らせに驚き、あのヒリップを救おうとこの土地に来てみたが、魔が淵に変わった様子も見えなかったので、ここを通り過ぎてブリュッセルまで行き、又ここに引き返して来たものだった。夫人はバンダの顔を見るよりも早く「オヤ」とうれしそうに一声叫んで、すぐに馬車を止めさせ、バイシンを従えたまま、二階へと上がって来た。

 田舎娘と見せかけているバンダの所にこの様な貴夫人が訪れて来た事に、宿の者達がどんなに怪しむか知れなかったが、そんな事にかまっている場合では無かったので、夫人は転がるように部屋に入りバンダをしっかりと抱きかかえて「おお、どうしました。私は敵が魔が淵で待ち伏せすると、ある人から聞き、一同の運命を気ずかって、救いたいと大急ぎでここまで来ました。

 様子を見ると一同が魔が淵を渡った様子もなかったし、かと言って、捕まってしまったとも思えないから、さてはまだ魔が淵まで来ていないのだと安心し、どの辺にいるかと尋ね尋ねてブリュッセルの近くまで行ってみると、もうとっくに魔が淵を渡った頃だと聞かされ、どうしたら好いか分からず、又ここへ戻ろうと思い、帰って来るうち、途中で馬車が故障してしまって、その修理に二日ほどかかってしまいました。

 供の騎士を様子を探りに一足先によこしたのですが、ああ、まあ、貴方が無事なのを見て安心しました。一同はもう無事に魔が淵を渡ったのですね。」
 バンダは悲しい声で「はい、一同は魔が淵に葬られました。敵の伏兵に闇討ちされ、生き残ったのは私とコフスキーとたった二人・・」

 夫人はぎょっと驚いて飛び退き「ええっ、むざむざ敵の闇討ちに」「はい、味方のうちに一人敵の回し者が混じったため、一同はその者に売られました。」回し者とはこれヒリップでは無いだろうか。夫人は何よりもヒリップの身が気がかりで、彼がバンダの心を盗むべき役目を言いつかったことを聞き、一つにはそのために飛んで来たほどだったから「それで、その回し者とは?」

 「はい、ある人からの手紙を持って今から一月ほど前に夫モーリスを訪ねて来ましたが、少しの間にすっかりモーリスに取り入って、大事な秘密を敵に漏らしていたのです。」「だが、その回し者と言うのは、最初にモーリスより貴方に取り入ろうとはしませんでしたか?」「どうして私に取り入ることが出来ましょうか。出来ないと知ってか、私には取り入ろうとはしませんでした。」
 
 夫人はようやく安心し、「ああ、それではヒリップではない。ヒリップではない。アイスネーの言った事は間違いだった。ヒリップは何処か他の所にいるのだろう」と口の中で呟(つぶやく)き、更に又バンダに向い、「そうするともうこの事は何もかも失敗してしまった。モーリスを初め熱心な十五人の同勢がいたからこそ、ここまで出来たが、肝心の先鋒がいなくなっては、続いて来る者もいないだろう。」

 「そうすればお前も、もう故郷に帰ったほうが好いだろう。ここにこうして泊まっていては、今にルーボアの手下に見つかってしまい、どのような目に逢うかも知れません。聞けばナアローが恐ろしい鉄の面とやらを発明したと言うことだから、私がすぐに馬車に乗せ故郷まで送って上げよう。私ならば王族の縁類だから馬車の中に落人(おちうど)が隠れていると分かっても、公に手を出すことはできません。」

 「私を殺したいばかりにナアローらが白ベッドを作ることから考えても、あからさまにオリンプ夫人に手向かいすれば、王室の罪人で世間の人が許さないから、さあ、バンダ、安心して私の馬車へ」ともう手を取って連れて行こうとする。
 バンダは泣いている顔を上げて「私はまだ故郷へは帰れません。たとえ、ルーボアに捕まるまでも、コフスキーと二人でやらなければならない勤めがあります。」

 「とは又、何の事?」「モーリスなのか、いま申しました回し者なのか、分かりませんが、敵に生け捕られて、今この守備隊に留置されている者がいて、これからパリへ護送されると言うことですが、私はそれが誰だか探りだし、モーリスと分かれば奪い出さなければなりません。」夫人は心配に耐えぬと言う様子で「何ですと。生け捕られた者がいるのですか?」「はい、生け捕られて、鉄仮面をかぶせられているのです。」
 
 鉄仮面の一言に夫人は又、ヒリップではないかとの疑いが頭をかすめた。ヒリップにかぶせるためと言ってナアローが鉄仮面を作り出したと、アイスネーに聞き、寝ても醒めてもそればかり気ずかっていたので「えっ、鉄仮面、それでそれをかぶせられているのは?」「モーリスですか、その回し者ですか、」「分かりません。」 「回し者とはなんと言う名の、どんな顔の者でした?」とこわごわ聞いて来た。

 バンダはその心が分からないので「はい、モーリスぐらいの年格好で、丁度パリの宮廷にでもいたのかと思われる身なりでした。名はもちろん偽名でしょうがオービリヤ大尉と聞きました。」
 オービリヤ大尉、もはや疑う所はなかった。「え、オービリヤ、それではやはりアイスネーが言った通り、ヒリップだ。ヒリップだ。」

 バンダはこの様子に納得が行かず、少し後ろに身を引きながら、「え、ヒリップとは?」「ええ、本名トリー・ヒリップと言う私の従者です」「貴方は何とおっしゃいます?回し者をご存知ですか?」

 夫人は身悶えしながら顔に両手を当て、「ええどうしよう。私のような不幸な者がこの世に又とあるだろうか。知っている。知っているどころか、バンダ、そのヒリップと言うのは貴方にとってののモーリスと同じ。私の愛する大事な人だ。」と言って泣き伏してしまった。

第32回終り

つづき第33回はここから

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