gankutu56
巌窟王
アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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史外史伝 巌窟王 涙香小子訳
五十六、巌窟(いわや)の秘密
確かにこの岩は、楔(くさび)の作用で、少し傾けてその隙間(すきま)から中に入り、出た後で又楔を噛ませて直立させ、その隙間を塞(ふさ)ぐ事にしてあったものらしい。もし十分な道具でも持って来れば、もっと良く隙間を空けることは出来る。けれど、これ以上隙間を大きくする必要は無い。自分の体だけ入れば良いのだ。
友太郎はあの撞木鍬(ツルハシ)を持ったまま中に入った。この中に入って見ると、このモント・クリスト島の組織が分かる。全く岩と岩と重なり合って出来た島で、岩の間に空気が通うような隙間がある。ここから覗(のぞ)けば空もみえる。光もここから差し込むのである。しかしこれはまだ真の巌窟(いわや))では無い。巌窟の入り口であるのに過ぎない。
少し奥の方に行くと、穴が尽きて行き止まりになっている。何だか宝を隠すには浅すぎるような気がする。純金ばかりでも、ローマの金貨に換算して二百万クラウンと言うのだから、その呼び声だけで考えても、よほど大事によほど深い穴に埋めてありそうに思われる。
それともこの行き止まりの奥にまだ秘密の道でもあるのかしらと考えながら、四方を見回していると、自分の踏んでいる地盤に、何だか空洞のような響きがあるのを感じた。さてはと思い、良く調べると、地盤の一部に丸い石の蓋(ふた)がある。そうして、その中央に鉄の環が付いていて、この環でこの蓋を引き上げるようになっている。
友太郎の胸は急に轟(とどろ)いた。法師の言葉とスパダの遺言とは全く事実ある。真に宝を隠してあるのでなければ、何でこのような石の蓋などあるものか。蓋の下は必ず宝の有る穴倉なのだ。こう思うと何だか気味が悪い。嬉しさよりも気恥ずかしさが先に立つ。
もしや何者かが、近辺で盗み見しているような事はないだろうか。万に一つも他人に見られては大変である。再び穴の外に走り出て、岩の最も高いところに登り八方を見回した。勿論、見る人のあるはずは無い。目に遮(さいぎ)る海の表面には船らしいものも見えない。これならばと安心して又も穴の中に入り、あの蓋の環に木の梃子(てこ)をいれ引き起こすと、重いことは重いがようやく上がった。
中は石段になっていて、楽に下に降りられる。降りてみて初めて知った。これは穴倉ではない。これは即ち真の巌窟なのだ。
ここにも又薄明かりの差すところがある。それを頼りに隈(くま)無く調べたが、宝らしい物は無い。ここに至って少し失望の思いが生じた。
スパダは宝を隠す事は隠したが、必ずシイザル・ボルジアがその後から付いて来て、それと知り、スパダを殺した後で取り出したのだ。矢張り宝など梁谷法師の空想に過ぎなかったのだ。
余りに残念である。これが無ければほとんど牢を出た甲斐が無い。復讐の案はあってもそれを実行する事はできず、わずかに自分の身を支える為に、矢張り水夫として人に雇われ、声も無く、香も無いうちに生涯を葬らなければならない。
諦めたくても諦めきれない。せめて宝の一部分でもどこかに取り残されてはいないだろうか。何が何でもこのままでは立ち去れない。
再び友太郎は地盤を隈なく踏み鳴らして見た。今度は何処にも空洞らしい響きはしない。何処までも実の詰まった地質である。次には悔し半分に、撞木鍬(しゅもくぐわ)《ツルハシ》で四方の壁を叩(たた)いて見た。この叩いたのが、彼の運河まだ尽きていないところである。
叩くのに応じて壁の一方からばらばらと音がして何かが落ちた。見れば壁土の様な物である。石で固まった天然の穴の壁に壁土があるはずは無い。更にそこを良く見ると、天然自然に出来たものではない。土で塗って石のように彩色したものだ。これが巌窟(いわや)の中の秘密でなくてなんであろう。更に撞木鍬(しゅもくくわ)をふるって乱打したが、その所に大きな穴が開いて、一度に一尺(30cm)四方ほどの土が崩れ落ちた。
もし、シイザル・ボルジアがこの穴に来たとしても、この壁には手をつけなかったと見える。イヤ、手を付けないところを見ると、この穴には来なかったのだ。そうすると宝は無事である。
重かった鍬も、この勇気で軽々と振り回されることになった。ほとんど鍬が手にあるかどうかは感じない。打った上を又打って、崩した上を又崩しするうちに、ガラガラと穴全体に響く音と共に、大きく崩れたのは、石の混じった土の壁である。
友太郎は鍬の先で石を取り除け、あたかも前に土牢の壁を掘ったようにここを掘って、跡に出来た穴を覗くとこの中は真っ暗だった。これこそはスパダの宝倉なのだ。中からは湿ったような臭いが蒸れて出る。闇に慣れた友太郎の目でも十分には見えないので、しばらく古い空気が出払うまでと、穴の外から枯れ枝などを取って来て、松明を作り、マッチを擦ってこれに火をつけ、ついに壁の穴に向かい入った。これで巌窟(いわや)は全体で三段になっている事が分かった。
宝庫、宝庫、友太郎は足が地に着くとともに宝の箱が地に埋まっている事を知った。確かに自分は箱の上に立っているのだ。地に立っているのとは音も違い、足の感覚が違う。直ぐに又鍬を上げ、地に打ち込むと、鍬先に当たるのは鉄の音である。次に打ち下ろせば木の音である。別に埋めると言うほど深くは、土をかけて無かったので、直ぐに長さ三尺、幅二尺ほど掘ったが、現れたのは木製の箱の上部で、鉄の帯で閉めてある。最初に鍬に当たったのが鉄のこの帯だったのだ。
撞木鍬(ツルハシ)の先の所で、この帯を捻(ね)じ切るのは難しくは無い。難しくても難しさを感じない。帯を残らず切ってしまって、更に鍬の先で、箱の蓋(ふた)を開いて見た。開くと共に、アッと驚き叫ぶ声を押しとどめる事は出来なかった。
第五十六回終わり
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