巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

yukihime12

雪姫

作者 バアサ・エム・クレイ女史 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳

since 2023.9.15

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください 。

文字サイズ:

a:53 t:1 y:0

         第十二回‎ 「早く気に入った夫を」

 二年の任期を勤め終わって、首尾好く帰って来た父良年は、我が留守中に、娘清子が如何程の美人と成っただろうと、それのみを楽しみに河畑郷へ帰着したが、出迎えの人の中に、清子の姿は見えない。

 この様な時には、誰より先に進んで来るような、非常に活発の気質なのにと、少し怪しみながら、更に我が家に入るが、そこにもまだ清子は出て来て迎いない。扨(さ)ては病気にでなって居るのかと思い、友子に向って、

 「清子は何うした。」
と問うと、何か口籠って、
 「イイエ、どうも致しません。貴方の帰りを待って居ます。」

 答える様子が力無く見えるので、益々不安の想いをなしながら、友子の気配りで、用意は落ちも無く調っている居間に入って休むと、やや有って、静かに入り来たのは、色青ざめた清子である。

 「お帰り遊ばせ、阿父(おとう)さま」
と言う物言いも、二年以前の、何事にも喜ばしそうな様子には似ず、非常に沈み込んで居て、陰気なので、

 「オオ清子か、好く留守をして呉れた。」
と言うのみで、後の語は続かない。
熟々(つくづく)と顔形を眺めると、二年の月日は、十六歳の少女だった清子を、娘盛りの年頃となし、今の世に二人とは居ないだろう思われる、美人とは為っていたが、春の花の燃えるような、活き活きとした艶は失せて、霜に悩んで萎(しお)れようとする、秋草の哀れを、顔に留めているのが、ありありと見て取れた。

 「和女(そなた)は先ア、どうして此の様なーーーオオ大層な美人とは成ったけれど、どうも此の世を、面白く思う様子には、見られない。どうした、何か気に掛かる事でもあるのか。もっと傍へ来て、良く顔を見せて、以前の通り父の首に縋(すが)っておくれ。」
と言って、懐かしく抱き寄せられて、

 「イイエ、阿父さん、何も気に掛かる事は有りません。」
と言いつつ、顔を父の胸に隠し、再び挙げることもせずに、彌々(よよ)と泣き沈んだ。

 父「オヤ、此の子は泣いている。何が悲しい。笑いこそすれ、泣く様な気質では無かったのに。のう、友子、どうしたと言うのだろう。」
 友「そうですね、嬉しさが余っての事でしょう。何事にも非常に感じの強い年頃ですから。」

 父「嬉しさが余っての事かは知らないが、それほど喜んでは貰いたくない。矢張り笑顔が出るくらいに止めて置いて欲しい。コレ娘、以前の様な愛らしい笑顔を見せて呉れ。サ、サ、顔を挙げて。」
と、優しくされる丈、益々清子は昔の、何の秘密も無くして、父に我儘(わがまま)だけを言っていた頃の幸福だった有様を思い出し、盗人の隠し妻になった、今の浅ましさを深く感じ、身を掻きむしり度い程に思い、

 「イイエ、阿父(おとつ)さん、以前の様な笑顔は、もう私には有りません。」
 血を吐く様な一語を残し、父の手を振り放し、泣き顔をそむけた儘(まま)に、逃げる様に此の部屋を退いたのは、全く座に耐えがたかった為に違いない。

 以前の様な笑顔が無いのは、何の様な意味だろう。何事か非常に悲しい訳が有る様にも聞こえるので、父は此の後、友子に向かい、詳しく留守中の事を問うたが、友子とても、詳しい事情を知らないので、唯だ、

 「セント・アイナ」の海浜で、暑中の為にか、気絶してから、打って変わって、悲しそうな様と為った事を答え、且つは彼の、下林三郎と言う、盗人が捕縛された事件の為に、非常に神経を動かした様に見えた事などを、細かに語ったが、単に盗人の捕縛の為のみの為に、気質が一変する筈も無いので、遂に何の為なのかを、見抜く事が出来ずに終わった。

 取り分け、清子自らも、余りに深く悲しんで居ては、自分に秘密がある事をも悟られ、又その秘密の何なるかを、問い詰められて、暗闇の恥を、明るみに出(いだ)す事にも、なってしまうと思い、なるべく我が心を制して、怪しまれない様にと勤めたので、父良年は気遣いつつも、深く問う事はしないこととなった。

 だからと言って、清子の様子が、全く一変した事は、顔色の優れない事にも、十分に見て取れるので、この様な時には、家の中を賑やかにするに越したことは無いと思い、前から決まっていた、友子との婚礼を、早く挙げ行なおうと思い、

 或る時清子を呼んで、今もまだ、我と友子との結婚に、不承知なのかを問うたところ、清子は真心を示して、少しも異存の無い事を答え、先に異存を唱えたのは、全く友子の美しき心栄えを、知らなかったが為だった事を述べ、終わりに、

 「私は今はもう、友子さんを姉とも母とも思っています。あの方に分かれては、心細くて此の世が送られません。」
と言った。
 父は此の言葉に、又深く感じ入り、
 「本当に変われば変わる者だ。何か非常に心細い事が有って、アノ様に、心が折れたのであろうけれど、昔の通り友子を敵の様に思い、強情を張って呉れる方が、幾等か心配が少ないかも知れない。

 この上は俺の婚礼の済み次第に、なるべく気が変わる様に、旅行もさせ、交際場にも出して、そうだ、早く自分の気に入った所天(おっと)でも持たせれば、再び元の闊達な気質に、返るかも知れない。」

 この呟(つぶや)く言葉を、若し清子に聞かせたならば、如何なる想いをか為すことになるだろう。


次(第十三回)へ

a:53 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花