巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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雪姫

作者 バアサ・エム・クレイ女史 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳

since 2023.9.2

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         (第二回‎) 寸前暗黒

 「継母(ままはは)」と言う一語は、子供心には、「鬼」と言う言葉より、もっと恐ろしく聞こえる。とりわけ清子は、今まで此の家で女王の様に、巾を利かせて居たものなので、父良年が、継母を迎えると言うのを聞いては、宛(あたか)も自分の根城を攻め亡ぼされ、王位まで奪ばわれたと言う様に驚き、我が力の続く限りは、父の婚礼を妨げて、継母の侵入を防ごうと、少しの間に決心した。

 しかしながら、父と娘の争いに、娘が勝てるはずは無く、世間を知らない狭い心に、考える事が出来る丈けの異議は、全て持ち出したけれど、父は諭(さと)しで足りない所は、賺(すか)し《きげんを取りなだめる》を用い、賺(すか)して足りない所は威(おど)しを用い、凡そ一時間の後には、到頭清子を承諾させた。

 否、承諾させたと言うよりは、寧ろ威光で押し付けてしまい、唯泣く外は、一語も出すことが出来ない事となった。このような後で、ゆっくりと説明する所を聞くと、二度目の妻と成るその夫人は、平民にこそ有れ、資産家の娘で、心は貴婦人よりも優しく、年は当年二十五歳、名を千艸(ちぐさ)友子と言う。

 婚礼は今すぐに行うのでは無く、二年の後に、良年がオーストリアから帰朝した上でのことであるが、それ迄の所、清子の後見同様に、今から秋の初めまで清子を連れて「セント、アイナ」の海浜へ夏を避け、清子と親しみが深くなった上で、此の家に帰って来て、良年の帰朝するまで、家事一切を取り締まるとの事である。

 愈々(いよいよ)以て、清子の王位を奪う者である。清子は聞くに従い、益々不快になり、第一に平民の娘が、由緒正しいこの士族の家に、主婦人と為るのが悔しく、次には非常に慈愛(いつくし)み深かった亡き母の、河畑夫人と言う称号を、その女に奪われるのが悔しい。

 又二十五歳と言えば、我が身より十歳も年上ではないのに、それが我が身の母の振りを為し、父と我との間を隔てるかと思うと、悲しさ恨めしさに、胸も煮えくり返る程であるが、だからと言って、最早や父と争う力も無いので、この上は言葉を柔(やわら)げ、哀願して、父の心を動かそうと、すぐにその膝に俯伏(うっぷ)して、

 「阿父(おとっ)さん、それはもう色々と私には分からない事情が有りましょうから、ご無理とは言いませんが、どうぞ清子の悲しさをお察し下さい。私はどう有っても、継母に仕える事は出来ません。その代わり、是からは心を入れ替え、少しも貴方の御身にご不自由のない様に、又此の家も良く治まる様に、此の身を粉にしても勤めますから、どうぞ二度の婚礼は思い留まる事にして下さい。清子を可哀そうだと思召して、是ばかりはどうぞ。」

と我儘(わがまま)一方に育った娘が、これほどまでに我を折って、涙ながら掻き口説くのは、能々(よくよく)の事であるが、父は初めの異議を退けた様に、此の歎願をも退けて、

 「イイヤ、何もかも和女(そなた)の為だ、年が行けば、父の此の婚礼の有難いことが自然に分かるから、それ迄は何も言わず、父の言葉に従って居るが良い。」
と厳重に言い渡した。

 若し此の厳重な言葉から、後々如何に悲しくも驚くべき破滅に立ち至るかを知れば、父も娘も必ず身を震わせて、強情の過ぎたことを悔いるべきだが、寸前暗黒の此の世なので、仕方がない。

 数日の後、清子は継母と為るべき千艸(ちぐさ)友子に引き合わされた。顔も美しく、言葉も優しいけれど、我を攻め亡ぼす敵だと思うと、打ち解ける筈は無く、此の顔と此の口とで、我が父を迷わせたのかと、唯だ憎く思うだけだ。

 しかしながら友子は、天性柔和にして、辛抱も強い質(たち)と見え、少しも清子の打ち解けない有様を、気にもせず、只管(ひたすら)に清子の喜ぶ様にとのみ勉めるのは、以前から良年に、清子の我儘(わがまま)育ちな事を聞き知り、親切を以て我儘の角を折ろうと決心したものと見える。

 清子は若し並々の女ならば、三日と経たないうちに、角を折り、一概に継母と言う呼び声の為に、このような良婦人を、憎む事の意地の悪いことを、悟るべきであるが、清子はその様な心の弱い女では無い。親切にせられる丈け、益々憎み、果ては明け透けに、
 「貴女は本当に五月蠅い方ですネエ。」
と言うようになった。

 この言葉を聞いてからは、友子もなるべく寄らず障(さわ)らずして、自然に心の解けるのを待つことこそ、最良だと思い改めた様に、万事控えめには傾いたが、その中に良年はオーストリアに立ち、清子、友子は定めの通り、「セント、アイナ」の浜辺を目指して行った。

 静かなる此の浜辺が、海にも見ない荒波を、人の身に巻き起こす難場ぞとは、誰が知るだろう。



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